1、始まりの季節に
情報端末の画面が、一瞬ぶれた。
息も絶え絶えと残影を残しながら、ポップアップがメールの受信を告げる。
端末の前に座っていた黒髪の青年は、ゆっくりとした動作でガーデニアニュースのページを閉じてメールを開く。
ガーデニアで三年も動けは、機械としては功労賞ものだ。
機嫌を損ねると意味不明の言語を画面に並べ立てて沈黙するため、青年の操作は労わるように優しい。
端末に届いたメールは、二通。
一通はGDU、ガーデニア砂海案内組合から「迷子のお知らせ」。
もう一通は常連から、他愛のない孫自慢メールだった。
「…………」
どちらも飯の種にはなりそうもないと、彼は諦めたように鳶色の瞳を一度瞬いて、視線を窓の外へと向けた。
本棚に挟まれた小さな窓の向こう。
青を溶かしたような夜明け前の空は、すでに明らみ始めている。
端末横に置かれた旧式の電話のディスプレイが、丁度四時を知らせていた。
この時間になると、もう仕事の話は来ない。
青年は重く息を吐いて端末の電源を落とした。
ぶつり、と音がして画面が暗くなり、彼は肩を落とす。
「いい加減、買い替え時だよな。でも、それ以前に俺が飢えそうだけど」
デスク二つに、四方の壁を隠す本棚。
狭い案内所はひっそりとしていて、彼の独り言を拾う人もいない。
ガーデニアの案内業が末期、というのはガーデニアニュースで指摘されている通りだ。
仕事が減って来たのも、案内人の不祥事がニュースで暴かれるようになってからだと青年は苦々しく思い返す。
この国の中央に広がる広大な砂の海。
デザーティニオン。
一般的には「砂海」と呼ばれるその地は、本来人の立ち入りを拒む、砂獣たちの世界だ。
だが、地理上砂海を迂回しての国内の移動は極めて難しい。
険しいティーネ山脈に囲まれた首都。
そして唯一の航路は、隣接する二国の領海を通るために厳しい審査が行われ、実際には一般に通行が出来ない。
だからこそ、砂海に面したガーデニアには「砂海案内人」と呼ばれる職業が生まれ、発展を遂げて来た。
案内人は依頼人を連れて砂海を歩き、その目的地まで同行する。
ただそれだけとは言え、命を預かる仕事だ。
信頼を失えば、一たまりもない。
「……でもま、俺が依頼人だとしたらこんな小さい個人の案内所じゃなくて、デザートカンパニーとか大手を選ぶだろうから仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけどな」
それでも真面目に仕事をしている案内人まで割を食うのは納得出来ないな、と彼はぼんやりと思った。
GDUがガーデニアの統治機関に吸収されたことで、認可された案内人は一応「公務員」という肩書きを得た。
だが実際は、仕事がなければジ・エンド。
GDUに泣き付いても再就職先が見つからないなんて話はごまんとある。
果ては、野良になるか。案内人を辞めるか。
辛気臭い先行きに深く深く息を吐いて、彼は右耳のイヤホンを押さえるように頬杖をついた。
目を閉じると、彼の意識は一瞬で飛んだ。




