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ロストクラウン  作者: 柿の木
第一章
19/175

18、宴 幕開け




「うわ、すっげぇ人」

 

 思わず引き返したくなる足を、フィルは辛うじて止めた。


 粛清の遺構。


 コロシアムを中心に公園として再開発された元工業区は、デザートカンパニー主催の討伐ショーを見に来た案内人たちで溢れ返っていた。

 規模としては、門と同じくらいだろう。

 コロシアムは圧迫感を覚えるほど巨大だ。

 GDUを支える1stの一人、ルレン・クロトログが迷子を獲物にショーを開催するというのだから、興奮はわからないでもない。

 門で感じる喧騒とは明らかに違う、浮足立った空気に背中を押されてフィルはようやく歩き出した。


 コロシアムまでの広い道には、凪屋の広報部がここぞとばかりに売店を並べ、飲み物や食べ物、挙句怪しげなグッズまで売っている。

 見知った顔の臨時店員が軽く手を上げるのに、苦笑しつつ答えた。

 商魂逞しいのは凪屋らしく、いっそ清々しいほどだ。

 広い緩やかな階段を上がると、ようやく入場口が見えてくる。

 入場口の前には周りのものと対照的に、小さな噴水がある。

 粛清の慰霊碑でもあるその噴水に、フィルの前を歩いていた案内人のグループも手を合わせていった。

 涼しげな音を立てて、水が落ちる。

 少し天気が良すぎて出発日和とは言えないが、催し事には最適の日だろう。

 フィルも噴水の前で一礼して、入場口へと向かった。


 ごった返す入場口で、あたふたとチケットを切っていたのはデザートカンパニーの案内人たちだ。

 ここは主催側が人員を割いたらしいが、タグなしやタグ付きまで慣れない作業に追われているのを見ると、同情を覚えなくもない。

 しかも。


「カディまでいるし」


「……貴方来たんですか」


「来たんですか、ってチケットくれたのそっちだろ?」


 砂海に出る時より遥かに軽装だが、一応武装はしているようだ。

 休日に急遽駆り出されたような雰囲気に、フィルは苦笑する。


「タグ付きの2ndまでチケット切ってんの? リンレットは出るって言ってたけど、カディは今日裏方か?」


「ええ、もしもの時の避難誘導要員です。これだけの人出ですからね。ルレンさんの企画には賛成しましたけど、こんな大事になるとは思ってもみませんでした」


 うんざりとそう言うカディは、いつものようにフィルに冷たくする余裕すらないようだ。

 フィルがチケットを渡すと、半券を千切って返してくれる。


「……そちらの一期生は一緒ではないんですか?」


「え、ああ。……こっちで会えると思って、一緒には来なかったんだ」


「甘いですね。ここで合流とか無謀すぎますよ。まあ、チケットを持っていれば入れますし、いいんじゃないですか。仲良く並んで見たいってわけではないんでしょう?」


 実際は、仲良く並んで見るどころの話ではない。

 カディは視線をコロシアムの中へと向けた。


「コロシアムの砂獣誘導口の左右。そこが一応デザートカンパニーと凪屋に入った一期生たちの席になってます。こういう企画ですからかなりの席数余裕を持って準備してありますし、同じ一期生ならその辺りに席を取るんじゃないですか? ま、会えると良いですね」


「さんきゅ、カディ」


「いいからさっさと行って下さい。後ろ、詰まってるんですけど」


 手で追い払われて、フィルはチケットを振って歩き出す。

 薄暗い通路を緩やかに上って行くと、ぱっと視界が開けた。

 人々のざわめきを孕んだ風が、舞いあがるように吹き抜けていく。

 観戦しやすいようすり鉢状に並んだ客席。

 そこから、ショーの舞台はさらに五メートルほど下にある。

 万が一にも砂獣が客席に逃げ込まないよう、最前列の客席の前には特殊なガラスが取りつけられている。

 フィルはそのガラスに手を付いて、舞台を見下ろした。

 半径五〇〇メートルはある砂の舞台は、こうして見るとかなり広い。

 三重の格子で遮られてはいるが、砂獣を舞台に呼びこむ誘導口は直接砂海と繋がっている。

 それなのに舞台の砂は砂海とは違い、死んだように色褪せて見えた。


「フィル」


 呼びかけられて振り返ると、客席から下りて来た彼が友人にするようににこやかに片手を上げた。

 白髪交じりの髪を短く刈り込んだ、長身の壮年男性。

 ルレン・クロトログ。

 彼はフィルの目の前まで来ると、「久しぶりだな!」とフィルの頭を乱暴に撫でる。

 視線が集まるのを感じて、フィルは早々にルレンの手から逃げた。


「お久しぶりです」


「おう。リンレットからちゃんと受け取ったみたいだな」


 ルレンはにやりと笑う。


「昨日の今日で予定つけてくるとは、相当暇だな?」


「否定はしませんけど、デザートカンパニーが迷子相手に討伐ショーするっていうならやっぱり気になりますよ。実際、これだけの人出な訳ですし」


「こっちは公開訓練ぐらいのつもりだったんだがな。少々予定が狂った」


 やはりお祭り騒ぎにしたいのは協力した凪屋で、ルレンはあくまで砂海科一期生のための指導のつもりなのだ。

 もっとも、昨日の今日であっても予定をつけて見たいというのが案内人たちの本音でもある。

 大騒ぎも、仕方がない。


「それだけ、ルレンさんに憧れてる案内人が多いってことですよ」


「まあ、いいさ。これも1stの役目。良い勉強させてやるつもりだ。ガーデニアニュースの連中なんかも来てるから、お前はあまり目立つなよ?」


「目立つなって言うなら、大の男の頭を撫でたりしないで下さいよ」


 ルレンはからかうように、手で子どもの背丈を計るような仕草をする。


「こーんな頃から知ってんだ。仕方ないだろ? あいつの後ろをちょろちょろしてた奴がこんなおっきくなっちまうんだから、時の流れってもんは恐ろしいな」


 フィルはルレンの言い草に、苦く笑う。

 ルレンは師匠の親友で、フィルの小さい頃を良く知っている。

 どうも、弱みを握られている気分だ。


「お、どうやら来たみたいだぞ? ほれ、その辺座ってしっかり勉強してけよ」


 さっと表情を変えたルレンは、子どものように楽しそうな顔でフィルを促した。

 舞台にはまだ変化はないが、携帯通信端末で連絡が来たのだろう。

 始まるのか。


「了解です。ルレンさんのことだから心配はしてませんけど、お気をつけて」


「ははっ、それはオレじゃなくてリンレットたちに言ってやるんだな」


 声をかけて来た時と同じように軽く手を上げて、ルレンはフィルに背を向けて歩き出す。

 ゆっくりと客席を回る彼はあちこちで案内人たちから挨拶されている。

 これから討伐だと言うのに、ずいぶんとのんびりしていることだ。


「……ま、最初からルレンさんが出てきたら速攻でショーが終わるから前座があるんだろうけど」


 つまりはその前座を、リンレット率いるデザートカンパニーのタグ付きたちが担うのだろう。

 それはそれで見ている方は面白いが、やる方は大変だ。

 適当に空いている席を探して座ると、丁度巨大な格子が正面に見えた。

 誘導口。

 その向こうに見えるのは、砂海だ。


「おう、にいさん。一杯やるかい? 気分良いから奢ってやるよ?」


 隣に座っていた男が、持っていた緑の瓶を揺らした。

 すっかり出来上がっているのか、フィルが「お気持ちだけで」と断っても愉快そうに咽喉を鳴らして笑っている。


「何だ、つれないねぇ。あのルレンさんが討伐ショーをやるってんだ。景気づけにひっかけとくのが男ってもんだろ」


「……そうですね」


「あ? なんだ、おまえ、3rdなのか。そんじゃわからねぇかもな。ルレン・クロトログってのは1stの中でも単純な戦闘力なら一二を争う実力者だぜ? その戦いっぷりを生で拝見出来るんだ。こう、気持ちも昂ぶるってもんさ」


 馬鹿にするというよりは、先輩風を吹かせた言い方だった。

 酔っていてこれならそう悪い奴でもないだろうと、浮かしかけた腰を落ち着け、フィルは同意を込めて頷く。


「しかも相手はあの迷子だ。例年の迷子と比べてもあいつは随分手強いぜ? タグ付きの連中が襲われて逃げるしかなかったってんだから相当だ」


「GDUからのメールじゃ、随分怪我人も出てるみたいですしね」


「味を占めたんだよ。この辺で餌が取れるって学習したんだ。その証拠にバカみたいな頻度で目撃されてる。奇跡的にまだ死人が出てないだけで、キャラバンごと食われてても可笑しくねぇ。こんな急の開催にGDUがGOサイン出したのも、その辺りが理由だろうな」


 すぐに空になった瓶を更に傾けて最後の一滴二滴を舌で受けると、男は楽しそうに声を上げて笑った。


「まあ、こっちとしちゃ話題性があって良いけどな」


「はあ……。そうですか」


 男の耳にはイヤホンが付いている。

 けれどそのフレームには刻まれているはずの所有者名がない。

 それ、と言いかけたフィルの声は、どっと湧いた歓声に掻き消された。

 重い金属音を立てて、誘導口の格子が上がっていく。

 隣の男も周りの観客と同じように立ち上がって声を上げている。

 上がりきった格子の向こうから、凪屋の誘導役が三人ほど舞台に飛び込んで来た。

 彼らはあくまで誘導役。

 砂避けのローブをひらめかせて、舞台の隅を駆け退避口へと消えていく。

 交代で砂の舞台に上がるのは、デザートカンパニーのタグ付きたちだ。

 名前がわかるのはリンレットくらいだが、他の四人も顔くらいは知っている。

 やはり社内でも指折りの実力者を当てて来ている。

 討伐メンバーを纏めるように中心に立ったリンレットは、歓声に応えることなく誘導口を見据えたまま双剣を構えた。

 父のルレンとは正反対の武具をメインに戦う彼女は、間合いの狭さ、威力の低さを補うだけの速さと正確さを磨いて来た。

 ひらりと銀色が煌めくと、それを合図に四人が散る。

 観客に過剰なパフォーマンスを見せない辺りも、デザートカンパニーらしい。

 喧騒に紛れていた地響きが次第にはっきりと聞こえてくると、誘導口の向こうから砂煙が入って来た。

 砂海では嫌でも判るはずの気配も、ここではその姿が見えるまで感じられなかった。

 フィルは眼を眇めた。



 来る。





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