17、友は願い企みて
『フィーくん、フィーくん、おはろー!』
「……ティント、お前の体内時計、どうなっちゃってんの?」
もう、夜は十時を過ぎている。
ベッド脇の小さな窓からガーデニアの夜景を眺めながら、フィルは笑う。
「どーせまだ論文書き終わってないんだろ。天才も大変だな」
『そーだよ。まだ絶賛執筆中! でもフィーくんに通信入れて良かったよ』
「何が? あ、そーいえば、試作品。撃ってみたけど」
『ああ、うん。連射出来なかったって? フィーくんが早撃ちし過ぎたんだよ。君のスペックに合わせると普及版に反映出来ないんだよねー』
「俺にやれって言ったのはお前だろ」
ふと、フィルは言葉を区切った。
小さなテーブルの上には、紫色の叡力カートリッジが放ってある。
無論、メモリもそのままだ。
「……あれ、何で」
ティントは「ふっふっふ」と勝ち誇ったように笑う。
『君のことなら何でもお見通しだよ!』
「…………」
『もー、少しくらい乗ってくれてもいいじゃんか。あの子から聞いたんだよ」
「あの子?」
『リーゼ』
ぱちり、と音がするように、すんなりと理解が出来た。
「……ああ、そっか。教育区の知り合いって、ティントだったのか」
『そうだよー。あの子はね、あいつの再婚相手の連れ子。僕にとっては、血の繋がらない妹だね。今まであんま交流もなかったけど、案内人になるならないであいつと派手に揉めたみたいでさー。あいつからリーゼが案内人になれないように協力しろって連絡が来て、それで興味が湧いてね』
「なるほどな、それで俺の通信端末を勝手に操作して求人依頼を出したわけか」
『そー、そー! 裏ワザでね!』
それ、犯罪だろ。
けれど腹が立つより気が抜けて、フィルはベッドに倒れ込んだ。
『……まあ、あの子にとっても、フィーくんにとっても良かれと思ったんだけど。ちょっとすれ違っちゃったかな』
ティントはらしくもなく、静かに言った。
『僕もあの子もね、君を傷つけたいって思ってる訳じゃないんだ。君が、僕らの手の届かないところで何かに苦しんでることくらいわかってもいる』
フィルは思わずタグに触れた。
もっと師匠の役に立ちたくて、がむしゃらになって受けた『タグ付き』の試験から、もう十年も経つ。
「そんな大層なもの抱えてるわけじゃない。俺が、しょーもないだけだって」
『そーだよね! わかってるならいいんだよ』
「……」
『フィーくんは砂海以外じゃホント情けないよねー。まあ、人間ちょっと隙があった方が好かれるもんだけどさ』
「お前さ、喧嘩売ってる?」
『僕が? まさか。僕がフィーくんの敵になるはずないでしょ。世界中敵に回したって、僕は君の味方だよ?』
呆れたような声で、ティントは答える。
そんなことも忘れたの、と言いたげな、素っ気ない優しい声だった。
フィルは言葉に詰まる。
『それは多分、あの子も同じだと思うけどな』
「……わかってるよ。悪かった。リーゼもお前も……、本当お節介だよな」
『フィーくん限定でね』
この兄妹には到底勝てそうにないな、とフィルは諦めて笑った。
笑ってしまうと、幾らか気も紛れる。
『それじゃね、フィーくん。明日は討伐ショーがあるんでしょ? 寝坊しないようにね』
「昼夜狂ってるお前に言われたくないけどな」
『えー? 僕はこれからフィーくんのせいでサンプル作り直しだもん。寝坊する心配はないかなー』
いじけたように答えて、ティントはあっさりと通信を切った。
彼なりの、牽制だったのだろう。
逃げるなと言われたも、同然だ。
少しばかり予定と違うが、このままリーゼが離れるのならそれが一番良いと思っていたのだが。
「……勝てない相手とは戦わない主義なんだけどなぁ」
慣れ親しんだ沈黙にひとり呟いて、フィルは目を閉じた。




