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ロストクラウン  作者: 柿の木
第七章
170/175

23、手




 怒らせたな、と思った。


 叡力銃がどこに当たったのかわからないが、それなりに効果があったのだろう。

 それは幸運でもあったし、不運でもあった。

 それまで、玩ぶようだった追跡が、一瞬で捕食者のそれに変貌する。

 もう、無理に走る必要はなかった。

 砂に呑まれては流され、何とか起き上がっては叡力銃で追撃を凌いだ。

 引き金を引く指が、痺れる。

 持つだろうか。


 足元が、揺れる。


 その気配は、手で掴めそうなほどに濃い。

 さっきから、少しずつ距離が縮まっている。

 次の手を考える暇もない。

 その一瞬を生き抜くので、精一杯だ。

 

 ごう、と音がする。

 

 それがどこに振り下ろされるのか、判断出来ない。

 直感のまま、フィルは砂を転がった。

 衝撃が傷に響く。

 とりあえず、まだ生きている。

 立ち上がって踏み出した足が、不安定に揺れた。

 力が抜けるのとは、少し違う。


「……?」


 漆黒に目を凝らすと、眼前が深く崩れ落ちているのが見える。

 遺構の舞台ほどはありそうな、巨大な、穴。

 どれほどの深さか、わからない。

 流石に、背筋を冷たいものが走った。

 咄嗟に迂回しようとした瞬間、嫌な手応えに再び足を止める。

 

 糸だ。

 

 もう、残りがない。

 これを放さないと、逃げられない。

 けれど、これを放したら。


「……っ」


 生温かい、風。

 糸から手を放して、飛び退く。

 フィルがいた場所を、細長く撓るものが打ち据えた。

 元々脆い岩盤が抉られ、音を立てて穴が広げる。

 その振動で、膝をついた。

 立ち上がろうとする意思に、身体はついて行かなかった。

 平衡感覚が、おかしい。

 さあっと血の気が引く。


 駄目だ。


 振り下ろされたのは、前肢だろう。

 叡力銃を撃つ間も、なかった。


「ぁ、ぐ」


 どん、と身体を掴まれ、地面に押しつけられる。

 フィルを捕えたその肢は、二つに割けた指先を砂に突き立てた。

 ぐぅと物凄い重さが圧し掛かって来る。

 押さえ込まれた腕は、動く隙もない。


「……ッあ、あ」


 ぞっとするほどはっきりと、骨が軋む音がした。

 そしてそれを掻き消すほどの鼓動。

 

 押し潰される。

 

 遙か頭上から、それは顔を覗き込むように近付いて来た。

 舌が蠢く口を引いて、頭を下ろす。

 滑らかな頭部の一点に、僅かな裂傷が見えた。

 ぱくりと割れた肉の奥に、眼。

 忙しなく震えるそれは、退化の末そこに埋もれたのだろう。

 フィルが撃った叡力弾は、眼を覆った薄い肉に当たったのだ。

 致命傷ではないが、さぞ、痛かっただろう。

 そこから流れ落ちる血が、フィルの頬を温かく叩いた。


 これは、もう、駄目だ。


 息を、吸えない。

 確かに目の前にあるはずの光景が、ばらばらになる。

 叡力銃の引き金にかけたままの指が、痙攣した。


 もう、良いだろうか。


 朦朧としながら、思った。

 リーゼたちが逃げる時間くらいは、きっと稼いだ。

 携帯通信端末がその瞬間機能していれば、GDUに死亡を知らせてくれる。

 上手く壊れてくれれば、探知もしようがなくなる。

 あの子だって、諦めてくれるだろう。

 それなら、これ以上、抗う必要があるだろうか。

 ここで、

 


 絶対、貴方を助けます。


 

 命を脅かす音を掻き消して、その声は、涼やかに響いた。

 力が、抜けていく。

 意思に反して頭が傾いだ。

 ちり、とタグが音を立てる。

 

 多分、これで、終わりだ。

 打てる手は、これが最後。

 

 感覚は、なかった。

 でもまだ、叡力銃は、握っているはずだ。


「――――ッ!」


 動け。

 銃口を地に向けて、引き金を、引いた。

 音は、しなかった。

 ふうっと、圧し掛かっていたものが消える。

 違う。

 地面が、崩れた。

 

 落ちる。

 

 それは短く啼いた。

 穴への落下を逃れようと、身を捩ったのが、わかった。

 浮遊感に、呑まれる。

 どこまでも、昏い。

 フィルはやっと息を吸って、眼を閉じた。

 






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