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ロストクラウン  作者: 柿の木
第七章
168/175

21、そのために出来ること




 まだ収まらない砂煙の向こう。

 白く長いものがゆらりと這い出して来る。

 舌だ。

 同時に砂から突き出した長い前肢が、目の前に崩れ落ちてきたものを弄った。

 その緩慢な動きに、獲物を逃す焦りは感じられない。

 あれにとっては全てが、狩りの過程。

 それを、愉しんでいるのだ。

 フィルは唇を噛んだ。


「時間、ないんです。クラウスさんと……、リーゼを、お願いします」


『私たち1stに命令を下せるのは、クラウンだけ。それでも貴方は、私に、貴方を見捨てろと言うのですか?』


「……女王宮の中は、入り組んでる。足手纏いがいなければ、砂獣を撒ける可能性もあります」


 可能性は、まだ零ではない。 

 嘘だと、イリアも言わなかった。 


「イリアさん。クラウスさんとリーゼを連れて、イグに」


 イリアなら、二人を無事に連れて帰ることが出来るはずだ。

 彼女は静かに、『それが、貴方の望みですか?』と問う。

 深くは考えなかった。

 フィルはただ、「はい」と答える。


『わかりました。二人を連れて、イグに戻りましょう。でも――……』


 ざざ、と通信が乱れた。

 間髪入れず、声が飛び込んで来る。

 それは、リーゼの声だ。


『……――フィルさん! 私っ』

 

 彼女の傍でやりとりを聴いていたのなら、状況は理解出来たはずだ。

 フィルは苦く笑う。

 

「リーゼ」


『私は、嫌です! 貴方を、助けに来たのにっ……、何で? 大丈夫です。一緒に……』


「リーゼ、砂海案内人として、判断しろ。もう、出来るだろ?」


『だって……、だって、そんなの、酷いです……』


 来てくれて嬉しいと思ったのは、確かだ。

 一緒に帰れるのなら、どんなに良いだろう。

 ただその手を取ったら、あれは彼女も呑み込むだろう。

 かつてイグで見た惨劇よりも、その結果が何より、怖い。

 ごめん。

 言いたかった言葉を堪えた。


「八年前だって、ちゃんと……、帰った。まだ、可能性はある」


『……本当、ですか? 約束、出来ますか? フィルさん』


 約束、か。


 歌うような咆哮が、聞こえた。

 崩れた穴から、それが姿を見せる。

 前肢が柔らかく砂を掻く。

 あの時の迷子より、遥かに大きい。

 重そうに擡げた頭は、その全長に対して肥大しているようにも見えた。

 白く長い舌が、だらりと口から垂れ下がる。

 手のように動いていたその前肢は、ゆっくりと腹の脇に引いていった。

 何が、とは言えない。

 けれど生物として、どこか歪だと思った。

 フィルはクラウスの腕を離し、その手から糸を受け取る。

 彼はしんとした瞳で、フィルを見た。


「砂海に、『絶対』は、ない。でも、最後まで諦めない。生きて帰るのが仕事だって、言ったろ」


『そんなんじゃ……、そんなんじゃ、嫌ですっ! 私、一緒に』


 掠れた声で、彼女は叫ぶ。

 フィルはぐっと奥歯を噛んだ。

 リーゼに、同じ道は歩ませない。

 そのために出来ることは、どんなことでも。


「なりたかったのは、そんな案内人なのか? 肝心な時に判断を誤るようなら、これからやって行けない。リーゼ自身が死ぬ前に、砂海案内人なんて辞めちまえ」


『……ッ』


「……イリアさん一人じゃ、クラウスさんを引き上げるのは厳しい。彼女を援護して、イグまで帰還しろ」


 苦しげな吐息を、祈るような気持ちで聴いた。

 生きて帰れ。

 それだけで、良い。


『わかり、ました。イリアさんを、援護して……、イグまで帰ります』


「……」


『イグの案内人たちに状況を伝え、救援と襲撃対応を依頼します。合流出来たら、私は、一人でここに戻って来ます。貴方を、絶対助けます。これが、私の判断です。文句なんて……、言わせません』


 鋭く、彼女は言った。

 思わずフィルは笑う。

 あーあ、優秀な弟子を持つとこういう時困る。


「わかった。それで良い」


『……フィルさん』


 フィルは首元に手をやった。

 これが、最後かもしれない。


『私――、』


 その先を聴かずに、フィルは通信を切った。

 同時に、叡力銃を構える。

 赤い叡力カートリッジを嵌め、目の前のものに向けて、引き金を引いた。

 頭部、そして舌が蠢く口。

 弾けた叡力に、それはくすぐったそうに身を捩る。

 カートリッジを入れ替えると、呻くように名を呼ばれた。


「フィルさん」


 その表情を見る時間はなかった。


「貴方に案内を頼んだのは、間違いでした」


 クラウスは、そう言った。


 引き金を引く。


 大きく口を開けた、女王宮への入口。

 その洞の一つへと。

 尾を引くような、誘導音。

 その音を追って、フィルはそこに飛び込む。

 巨大な頭を振って、それが嬉しそうに啼くのが聴こえた。

 

 追って来る。

 

 気配を感じながら、後はただ、深淵へと駆けた。






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