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ロストクラウン  作者: 柿の木
第七章
167/175

20、断絶を越えて




 外を確認して、穴から這い出す。

 クラウスに叡力ライトと糸を持たせ、肩を貸して歩き出した。

 聴こえていた砂の流れる音は、すぐに荒い呼吸に消える。

 糸はただ緩やかに、上へ上へと伸びていた。

 歩き出してすぐ、小さな気配が幾つも追って来る。

 女王宮で生きる様々な、何か。

 それはフィルたちを狩ろうと言うのではなく、ただ力尽きるのを待っているように一定の距離を置いている。

 ただ時折襲いかかって来るものは、仕方なく撃った。

 それが巡って自分の首を絞めることになるとわかっていても、躊躇えば、今死ぬ。

 叡力銃が音無く命を奪う度、どこか安堵するような生々しい血の匂いが弾けた。

 追って来るものはさわさわとさざめきながら、散ったものを食む。


「…………っ」


 襲うまでもないと、わかっているのだろう。

 波のように迫る気配。

 それに恐怖を覚えても良いはずなのに、それよりただ、苦しかった。

 フィルの急激な消耗に、クラウスが気付かないはずがない。

 糸をゆるゆると手繰りながら、「どこかお怪我をされてますね?」と首を傾げた。


「…………」


「無理は、良くありません」


 暗に置いて行けと、彼は含み笑う。

 そしてライトを握った手で、探るようにフィルのローブに触れた。

 フィルはその手を押し戻す。

 処置は済ませている。

 すぐに死ぬような怪我ではない。

 ただ、苦しいだけだ。

 すぅ、と背後の気配が引いた。


 やはり、来る。


「……ねえ、置いて行って下さい。それくらい、私の自由にさせてくれても良いでしょう?」


 風が吹き抜けるような、声。

 手を離すのは、簡単だ。

 大きくなる振動で、流れ落ちて来る砂が増える。

 一人が女王宮に残ったとして、もう一人が逃げ切るまでに時間が必要だ。

 けれどこの人は、逃げようという意志がない。

 どうしたら、良い?

 クラウスは選択を迫るように、叡力ライトを背後へと向けた。

 遠く、けれど確かに崩れた穴の間から、肉の色が見える。


 あれはきっと、『人喰い』ですね。


 そう、クラウスが囁く。

 フィルは足を止めず、それに向けて閃光弾を撃った。

 白い光の中、歌うようにそれは啼く。

 閃光弾も誘導弾も、きっともう効果はない。

 駆ける体力もなく、この有り様だ。

 けれど一秒でも、稼ぐことが出来れば。

 

『…………――――』


 雑音ではない。

 イヤホンが拾う、声。

 そして行方に淡い光。


 外だ。


 唐突に砂の音が蘇る。

 雨が降るような、涼しい音。


『――、――――さんっ! 聴こえますか!?』


 壊れてしまいそうだった肺が、やっと空気を吸い込む。

 良かった。

 ちゃんと、無事だったんだ。


「リーゼ」


『……、フィル……、さん? フィルさん、ですよね?』


「うん。そう」


 彼女は嗚咽を隠すように、何度か息を吐いた。

 クラウスがすっと体重を後ろにかける。

 フィルは引き摺られるように、蹈鞴を踏んだ。


「……ほら、お弟子さんのためにも、貴方はここで死ねないでしょう」


「…………」


「お願いです」


「俺に、案内頼んだのは、貴方だろ。いい加減……、諦めろよ」


 あるだけの力で、クラウスの手を引いた。

 砂の幕を抜けると、痛いほどの陽射しが降って来た。

 突き飛ばされるような勢いで、クラウスが砂の上を転がる。

 フィルは背後を振り返って、カートリッジを入れ換える。


『フィルさん、私も、ティントさんも……、もう大丈夫です。だから、帰って来て、下さい』


 白い岩盤に叡力弾を撃ち込むと、音を立てて穴が崩れる。

 足で感じる振動は、まだ、大きくなっていた。


「……そか、良かった」


 じゃあ、帰るよ。

 その言葉は、結局出て来なかった。

 リーゼは沈黙を恐れるように、慌ただしく言葉を繋ぐ。


『ね、私……、今、そこまで行きますから』


「……え」


『もう、女王宮の近くまで、来てるんです。色々あって、イリアさんが、ここまで連れて来てくれました』


 来ている? 近くまで?

 フィルは右耳のイヤホンを押さえ込んだ。


「リーゼ、ごめん。一回、イリアさんと話したい」


『……はい。わかり、ました』


 少し不満そうな声で、リーゼは通信を切った。

 砂の上に座ったままのクラウスを立たせて、フィルは歩き出す。


『フィルくん』


 その声は、クラウスにも微かに聴こえたのだろう。

 一瞬、彼の身体が強張った。


「イリアさん、時間がないんで、一気に、言います。海溝の底に、クラウスさんを……、置いて行きます」


『…………』


 ほっと彼が吐いた息は、やはり安堵のそれだった。

 ただそれが勘違いだと知るのに、時間はかからない。


「彼を回収するくらいの時間は……、稼ぎます。イグに、戻って下さい。女王宮(ここ)から、あれを連れ出すわけには、……いかない。俺は、残ります」


 これだけの血の匂いを纏って海溝を上れば、あれは必ず追って来る。

 その先にあるのは、かつてイグで起こった『人喰い』騒ぎと同じ、悲劇だ。

 イリアはフィルの言葉の端々で、状況を呑み込んだようだった。


『もう、すぐ近くです。貴方の代わりに、私が――』


 背後で、どん、と重い音がした。






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