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ロストクラウン  作者: 柿の木
第七章
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18、終焉で待つもの




 クラウスがどれくらい休んでいたのか、フィルもわからなかった。

 数十分のようで、数日のようでもあった。

 感覚がおかしいのは、とっくにわかっている。

 流石に誤魔化し切れなくなって来た痛みが、ずっと頭の奥にあった。

 軋む音がしそうなほどの、激痛。

 こんな酷い磁気酔いは、粛清の時以来だ。


「出発しましょうか」


 唐突にそう言って身体を起こしたクラウスと、洞の外へと出た。

 先程の砂獣の移動で、ただでさえ脆い岩盤があちこち崩れていた。

 限られた足場を辿り、淡々と砂を追う。

 耳鳴りがすると言うクラウスは、休んで多少気が紛れたのかもしれない。 

 ただ無言でフィルの後をついて来る。

 戻りましょう、とは決して言わない。

 時折、女王宮を揺さぶって何かが移動して行った。

 気付かれたら、応戦しなくてはならない。

 気配を殺し、時にわざと立てた音で誘導をする。

 苦しいのは、多分磁気酔いのせいだけではない。


「………少し、開けていそうですね」


 緩やかな下りが感じられなくなった頃、クラウスがぽつりと言った。

 屈まなくても何とか立っていられるほどの空間だ。

 頭上は確かに、白い岩盤。

 足元は、同じ色の砂が溜まっていた。

 それがずっと広がっている。

 砂獣の気配すら薄い、呑まれそうな静寂。

 ぼんやりとした眼差しで周囲を見渡して、クラウスはのろのろと硝子容器を取り出し砂を入れた。

 そしてまた何か液体を注ぎ、反応を見る。

 その横顔を見れば、結果は聞かなくてもわかる。

 クラウスは容器を仕舞い込むと、砂を踏んで歩き出した。


「……」


 咎める言葉は咄嗟に出て来なかった。

 足元が沈むということは、砂獣が潜る空間があるということだ。


「……ここが、最奥、ですか?」


 フィルが止める前に、クラウスは立ち止まって問う。


「さあ……? これ以上進めないなら、ここが終点かもな」


 以前行き着いたところと同じではない気がする。

 けれどあそこも、こうして色の抜けた砂が死んだように積もっていた。

 クラウスはもう一度、辺りを見渡す。


「もう、帰ろう。生きて帰れば、まだ出来ること、あるかもしれないだろ」


 死んだら、それで終わりなのだから。

 額を押さえて、フィルは言った。

 錯覚とは思えない痛み。

 どうしようもないというのが、また辛い。


「いえ、まだここで出来ることはあります」


「……は?」


 彼はフィルを見て、微かに笑った。


「ここで、『女王』を待ちましょう。不死となり生きて帰って来た男のように、この身体で、『女王』を連れて帰ります」


 何言ってんだ、と笑えなかった。

 それが不可能なことではないと、フィルは知っている。


「生物を変化させるものが『女王』であるのなら、可能性は充分にあります。実際、前例があるわけですから」


 帰れない、ごめんな。


 師匠の声が、生々しく蘇る。

 痛い。

 脈動する頭痛に呼応するように、暗闇に水色が光った。


「……――」


 フィルの視線を追って、クラウスは振り返った。

 ぽつんと光るそれは、恐らく先程目にした虫だろう。

 今度ははっきりとそれを認識して、クラウスは歩き出す。

 彼が砂を踏みしめる音に、異音が混じった。


 風。


 違う。

 ここに、風は吹いていない。


「……ッ!」


 彼のローブを、辛うじて掴んだ。

 ただ、出来たのはそれだけ。

 足元の砂が大きく沈み、そして、噴き出す。

 手から、ローブの感触がすり抜けて行く。

 一瞬視界から消えたクラウスは、何かに弾き飛ばされたように砂の上を転がって動かなくなる。

 フィルは視界を腕で守って、受け身を取った。

 衝撃で吹き飛んだ叡力ライトが、一瞬、それを照らす。


 肉の色をした、巨大な何か。


 単純に、そうとしか捉えられなかった。

 白い砂が滑るような表皮から、零れ落ちて行く。

 嗤うように歪に開いた口から、幾つも白い舌が覗いていた。


 いいから逃げろ。


 積み重ねて来た何かが、痛む頭の中で叫んだ。

 これは、相手をしてはいけないものだ。

 叡力ライトは砂に沈んだのか、がらりと暗闇が落ちて来た。

 その中で、巨大な何かがぐぅっと頭を振るのが見える。

 速い動きではない。

 仕留めた獲物を喰う時の、それだ。

 そこに倒れているのは、クラウス。


「……――くっ!」


 叡力銃を抜いて、走る。

 間に合え。

 ぐったりとした彼の腕を掴み、同時に引き金を引いた。

 迫っていた気配が、閃光の中に消える。

 クラウスを担ぐと、風を切る嫌な音がした。


 彼を捨てて行けば、避けられる。


 冷静にそう判断していたのに、彼を置いて行く気には、到底なれなかった。

 染み付いた、案内人の性だろうか。

 重く沈んだ足で、砂を蹴る。

 無理な体勢で抜いた剣が、何かを掠めた。

 散って行く閃光の中、白い舌が長く鞭のように撓る。


 感じたのは、痛みというより熱さだった。


 脇腹を掠めたそれは、肉を裂くほどに鋭い。

 剣が僅かでも狙いを逸らさなければ、今の一撃で死んでいただろう。

 フィルはもう一度、叡力銃を撃った。

 背後で、閃光弾が弾ける。

 咆哮はなかった。

 背負ったクラウスを引き摺るようにして、逃げる。

 滅茶苦茶に手繰った糸の道。

 頼りのなかった足元が、岩盤に乗った。

 緩やかな、上り。

 肺が焼けそうなほど苦しい。


 音は、しない。


 けれどあれは、追って来るだろう。

 自分でもそうとわかる、血の匂い。

 フィルはずり落ちそうなクラウスの腕を押さえて、ひたすら歩を進めた。







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