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ロストクラウン  作者: 柿の木
第七章
164/175

17、溶ける燐火




 意外と歩けるものですね、とクラウスは楽しそうに言った。

 彼の言う通り、女王宮の中はかなりの広さがある。

 足元が唐突に崩れ落ちたりしなければ、歩きやすいと言っても良いくらいだ。

 ただ、叡力ライトで照らし出す迷宮は延々と果てしなく続いている。

 迫って来るような暗闇のせいか、或いは磁気のせいなのか。

 どれくらい歩いたのか、全くわからない。

 けれど、少し行き止まりが増えて来た印象はあった。

 フィルは洞の一つに光を向ける。

 そこには行き場のない砂が、静かに溜まっていた。

 外れだ。

 幾つも枝分かれする道を進もうとすると、クラウスが砂避けのローブを引っ張った。


「……何?」


「一度、砂を採取させて下さい」


 言いながら、彼は荷物から細長い硝子容器を取り出す。

 そのまま、その空洞に潜り込んだ。

 容器で砂を掬ったクラウスは、何か液体を注ぐとそれを振った。

 反応を見極めようとする眼は、鋭い。


「……駄目ですね。何の反応も――」


 みしりと、何か軋むような微かな音がした。

 平気な顔で出て来ようとしたクラウスは、それが聴こえなかったようだ。

 フィルは彼を洞に押し戻し、叡力ライトを消す。


「どうかしましたか?」


 呑気な問いを発する口を押さえた。

 二人が身を潜めても、洞の中はまだ余裕がある。

 フィルは糸を置き、爪先で少し砂に埋めた。

 そして体勢を整えて叡力銃に手を伸ばす。

 そこまで来て、やっと状況が呑み込めたらしい。

 クラウスが身体を強張らせる気配。

 微かだった音は、不気味な振動になってゆっくりと大きくなる。

 

 来る。


 撃たないで済むようにと願いながら、真っ直ぐ、銃口を洞の入口に向けた。

 光のない完全な闇の中。

 風が吹き抜けるような、物悲しい音が聴こえた。

 それは、声だ。

 はらはらと、砂が落ちて来る。

 

「……――」


 何かが、横切って行く。

 ここからでは把握が出来ないけれど、大きい。

 振動は一定のリズムで続く。

 こちらに気付いてはいない。

 どこかへ、行くのだろう。

 詰めていた息を吐き出すまで、かなりの時間が必要だった。

 遠ざかって行く何かは、答えを求めるように何度も鳴く。

 その声が完全に途絶えてから、フィルは銃口を下ろした。

 どっと疲れたが、やり過ごせたのは幸いだ。

 一人であんなのとやり合うなんて、冗談じゃない。

 フィルは糸を拾い上げる。

 

「……?」


 ふと、外を覗く洞の入口に微かな光。

 叡力ライトは当てていない。

 淡い水の色をした、燐火。

 それは、するすると砂の上を滑って行く。

 フィルは闇に慣れた目を凝らした。


「……虫」


 小さな蜘蛛に似たその虫の腹部は、ほんの僅かに発光している。

 見覚えはないが、何がいても不思議ではない場所だ。

 通り過ぎて行った巨大な何かを思えば、まだ常識的な生き物だろう。

 勧める訳ではないが、自然とクラウスを窺った。

 危険がなさそうな虫なら採取したいと言っていたはずのクラウスは、何故か反応を示さない。

 

「……クラウスさん」


「…………」


「?」


 顔を覗き込むと、彼はようやく気付いたように瞬いた。


「……すみません。耳鳴りが、酷くて」


 磁気酔いは、磁気による脳の錯覚で起こる不調。

 薬があるわけでもないし、休んだところで良くなるわけでもない。

 けれど膝をついたまま動けそうもない彼を、叱咤することはしなかった。

 フィルは溜息を吐く。


「見張ってるから、少し休めよ。息整えれば、多少落ち着くから」


 勿論、そんな保証はない。

 フィルはしれっと嘘を吐く。

 仕方がない。

 大丈夫だと、良くなると、思い込むこと。

 磁気酔いはそうやって誤魔化す以外、対処法がない。

 それもただ気の持ちようだが、やらないよりはマシだ。

 先を急ぎたいクラウスは何か言いたげな顔をしたが、大人しく壁に背を預けて目を閉じた。

 糸の手応えを確かめながら、フィルはもう一度洞の入口を見る。

 幻のような光は、いつの間にかどこかへ消えていた。





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