14、王の沈黙
そのままイヤホンを毟り取ると、リーゼはそれを投げ捨てた。
軽い音を立てて、床を転がる。
認可を受けて、やっと手に入れた砂海案内人である証。
きっと自分が死ぬまで、ずっと持っていることになるだろうと思っていたものだった。
「砂海案内人になるのが夢だったのでしょう? これは、軽々しく外して良い物ではありません」
何事もなかったかのように、レイグは膝を折ってリーゼの携帯通信端末を拾い上げた。
リーゼは首を振る。
あの人の選択を罪と断じた組織に、何の未練もなかった。
ただ、悔しい。
三流と嗤われて、天才だったのに燃え尽きたんだと嘆かれて。
彼はずっと、どんな気持ちで3rdのタグを付けていたんだろう。
恥じることなく、ただそれを掲げる強さが、最初からあったはずはないのに。
「私の夢は、あの人のような砂海案内人になることです」
泣きそうで、震えそうな声を必死に抑える。
本当に欲しかったのは、GDUの認可なんかじゃない。
レイグはそれを聞いて、瞳を伏せた。
きっとこの人も、ラテと同じだ。
見捨てたい訳じゃない。
出来ない理由は、言い訳ではないのだろう。
ただそれに、リーゼは寄り添えない。
「……リーゼさん!」
ラテの声を背中で聞いた。
踵を返して、GDUの出口に向かう。
その扉は、リーゼが手を伸ばす前に開いた。
はっと足を止めたのは、行く手を遮ったその人たちを、良く知っていたからだ。
ルレン・クロトログと、イリア・リリエル。
砂避けのローブを纏った1stたちは、リーゼを見て別段驚きはしなかった。
ラテはリーゼを来ることがわかっていたようだし、或いはこの状況を見越して1stたちを呼んでいたのかもしれない。
ルレンは苦く笑う。
「……レイグ、気持ちはわかるがな。同じことにならないようにって話じゃなかったのか?」
彼は余裕のある足取りで、リーゼの脇を通り抜けた。
そのまま、眉を寄せるレイグの肩を叩く。
「こういうことを上手く説明するのは、私の役割ではありませんから」
レイグは不満そうに言って、ルレンに拾った携帯通信端末を手渡す。
「……自警団にはすでに協力要請をしています。彼のことですから外に被害は出さないと思いますが、あの時とは状況が違います。ガーデニアを離れている1stに関しては、集まるまで少し時間が必要です。充分に、注意を」
「わかってるさ」
会話が理解出来ないリーゼを一瞬だけ見て、レイグは階段を上がって行った。
ルレンはそれを見送って、肩を竦めた。
呆れたように「あれはあれで苦労するな」と呟いて、ゆっくりとリーゼを振り返る。
「…………」
ルレンとイリア。
二人に挟まれる形だ。
ここに来たのは、間違いだったのかもしれない。
1stを二人も突破して砂海へ向かうのは、ともすれば人質になっていた時より分が悪い。
「リーゼさん」
近寄って来たイリアが、そっと腕に触れた。
あたたかい指先。
それを振り払うことも忘れて、リーゼは思わず縋るように彼女を見つめた。
「……お願いです。行かせて下さい」
GDUが、クラウンがそれを許さないのだとしても。
リーゼはもう、証を捨てた身だ。
イリアはリーゼの首元を痛々しそうに見て、「いいえ」と否定の言葉を口にした。
ブロンドの髪が、柔らかく波打つ。
「GDUとして、公にこの件に関わることは出来ません。けれど私たち1stは、あの時と違って救出を禁じられてはいません」
「…………え」
「行くなとも、行けとも言われていない。今のところ、1stたちは自分の判断で動けるってことだ。あいつみたいに一人で行っちまおうってのは、ちと早計だな」
ルレンの言葉に、リーゼは浅く呼吸をした。
混乱する。
「じゃあ……、フィルさんを、助けてくれるんですか?」
イリアは、すぐには頷かなかった。
代わりに、ルレンを見て言う。
「先に。私は、彼女に説明をしてから、行きます」
「おう、うちの手堅いとこ集めてからイグに向かう。そっちは頼むぞ」
「……わかっています」
ルレンはリーゼの携帯通信端末を、イリアに預ける。
そして優しい瞳をリーゼに向けた。
幼い子に言い聞かせるように「一つだけ」と、穏やかな声で付け加える。
「一つだけな。レイグはああ見えて、オレたちと同じくらいフィルのことを心配しているはずだ。ただ、立場もあるからな。勘弁してやってくれ」
「…………レイグさんが、クラウンなんですか?」
立場と聞いて、リーゼは思わず疑問を口にした。
今、GDUの決定を握っているのはレイグのように思える。
1stたちに指示を出しているのなら、やっぱり。
ルレンとイリアは、きょとんとした。
「あいつが? そりゃあ、大変だろうな」
笑ったのは、ルレンだ。
「レイグがクラウンだったら、1st全員集めて、フィルを助けて来いって問答無用で命じるぞ」
「……そこまではしないと思いますが」
「するだろ?」
一応首を振ったイリアは、問い返されて複雑な表情をした。
「するかも、しれませんね」
結局、ルレンの言葉を認める。
本当だろうか。
レイグがそこまですることを、想像出来ない。
「まあ、そのうちわかるさ」
ルレンはリーゼの心境を見透かしたように言って、それからイリアに視線を送った。
イグで会えたらな。
軽く手を挙げて、彼はGDUを出て行った。




