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ロストクラウン  作者: 柿の木
第一章
16/175

15、堅牢なる門にて




 見下ろす砂海に、人影は一つもなかった。

 出発に適した時間はとうに過ぎて、一般に開放された門の屋上には観光客と慰霊に訪れた人がちらほらといるだけだ。

 昨日で丁度、八年目。

 被害が大きかった門の屋上にも慰霊碑が建てられている。

 だが元工業区と違い、砂を含んだ風がもろに吹き付けるのであまり長居する人もいない。

 フィルはティントの試作品を叡力銃にセットして、砂海上空に構える。


「え、ここで試すんですか?」


 じっと慰霊碑の方を見ていたリーゼが、フィルの動きに慌てたように声を上げた。

 フィルは狙いを定めたまま、「うん」と答える。


「安全だろ? 広いから反動で後ろに吹っ飛んでも落ちないだろうし、反対側に落ちるくらいの勢いで飛ばされたら多分その時点で死んでるだろーし。ここから見える範囲に人がいないんだから、撃っても迷惑にはなんないだろ」


「そ、そうかもしれませんけど……」


「大丈夫だって。少なくとも叡力だから発砲音はしないはず。誰も気にしないって」


「そうかもしれませんけど、ここ、一応ガーデニア内ですよね? 叡力銃を撃って、怒られませんか?」


「そーだな。バレたら怒られるな」


 やっぱり、とリーゼは怒ったような呆れたような顔で溜息を吐いた。

 砂海まで行って試し撃ちをしても良いのだが、ここで撃った方が安全なことは確かだ。

 バレて捕まっても、GDUの厳重注意を受けるくらいだし。


「撃つぞー。少し離れてろ」


「…………はい」


 リーゼが、一歩二歩と後退する。

 見据えた虚空。

 トリガーを引く。

 とん、と軽い反動。

 間髪入れず、もう一度引き金を引いた。


 かちん。


「……あれ?」


 ロックのかかったトリガーに、フィルは首を傾げた。

 連射しろと言っていたのに、どうやら叡力の装填が出来ていないようだ。

 僅かな間を置いて撃つと、今度はちゃんと発射される。


「……連射出来ねーじゃん」


 通常の叡力カートリッジよりは、再装填にかかる時間は少ない感覚だ。

 こちらがタイミングさえ掴めば、それなりに「連射」と言えるくらいまで間隔を削れるかもしれない。

 が、手応えとして、拍子抜けだ。


「特に変わった感じはしませんね。それとも何か特別な効果があったりするんでしょうか?」


「さぁ、何か分離システムとか言ってたけど。試して欲しいっていう連射は、いまいちだしな」


「分離システム?」


 リーゼがカートリッジの紫色を、食い入るように見つめる。

 何か気になるのだろうか。

 フィルは叡力銃からカートリッジを外して、リーゼに渡した。


「見る? あ、接触部分は熱くなってるから触んなよ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 リーゼは白い手で包み込むようにカートリッジを受け取ると、真剣な表情で叡力を観察する。


「普通の叡力エネルギーではこの色は出ないはずなんですけど。何か言ってました?」


「いや、特には。連射だけしてみて欲しいって言ってたけど、特別なエネルギーだとは言ってなかった」


「……そうですか」


 残念そうなリーゼは、カートリッジを傾けて「閃光弾の威力調整をすると、少し似た色になるかも。でも」と専門的なことを呟く。


「へぇ! 何か、詳しいんだな。叡力銃は使い所が難しくて、とか言ってたくせに」


「えっ? あ、叡力銃は得意ではなかったんですが叡力自体には興味があったので、砂海科でそちらの分野の授業も幾つか取っていたんです」


「ふーん。そんなに気になるなら、ティントに聞いてみようか?」


「……いえ、大丈夫です」


 リーゼはそう言って、叡力カートリッジをフィルに返した。

 砂海から吹いて来た砂混じりの風に、彼女は一瞬目を閉じる。

 言葉を飲んだように見えたのは、気のせいだろうか。

 彼女は逡巡してから、「訊いても、良いですか?」と呟くように言った。


「何?」


「……粛清の、ことです」


 砂の匂いを吸い込んで、フィルは頷いた。

 それは確かに、避けては通れない話かもしれない。

 

「何も出来なかったって……、あの時、何も出来なかったって、フィルさんは、思っているんですか?」


「え」


 それは思っていたような問いとは、違った。

 フィルはまともに反応も出来ず呆ける。

 リーゼはフィルの視線を誘うように、ゆっくりと振り返った。

 広い屋上の灰色に埋もれるように、石碑がひっそりと建っている。

 丁度手を合わせていた老夫婦らしき一組が、背を丸めて去って行くのが見えた。

 

「どうして、何も出来なかったって、思っているんですか?」

 

 同じ問いに、フィルは口を閉ざしたまま、リーゼの金色の瞳を見返す。

 討伐ショーの由縁について語った時、ほんの少しだけ触れた「あの日」のこと。

 何も出来なかったわけじゃない、とリーゼが訴えたことを、フィルは慰めと捉えていた。

 けれどそれは慰めではなく、真実彼女が「そうではない」と思っているが故の言葉であったらしい。

 責める口調ではない。

 どうして、何故、そんな疑問を含んだ静かな声だった。


「…………砂海科では何て教わった?」


「…………」


 フィルは石碑から顔を背け、砂海を見下ろした。

 静寂を湛えた砂の海は、かつての惨劇さえ嘘のように穏やかに波打っている。

 フィルは、いつものように右耳に触れた。

 使い慣れたイヤホン、そして銀のタグ。

 痛いほどの視線を向けながら、リーゼは何も答えない。

 代わりに、フィルは口を開いた。







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