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ロストクラウン  作者: 柿の木
第七章
157/175

10、残影




 話をしましょう。


 そう言ったクラウスに、フィルは返事をしなかった。

 立ち寄るなと言われたイグをすでに越え、フロートはR70地点を過ぎている。

 踏み込んだ夜は明け、出発日和の今日もまた夕暮れに向かっていた。

 多めに休憩を挟んでいるとは言え、砂海に出て一日になる。


「依頼人の体調を確認する意味でも、会話は大切ですよね。まだ女王宮までかかるでしょう?」


「その辺は自己申告してくれ。貴方と世間話とか、かなり苦痛」


 フィルは素っ気なく答えて、叡力銃をホルダーから抜いた。

 遠く、ルート上を横切るのは砂狼の群だ。

 群の頭は一度こちらを窺ったが、そのまま蛇行するように砂間を駆け抜けて行った。

 この辺りは、『リィンレツィア』ルート上で、最も死者が多いと言われている。

 砂獣の襲撃も多いのだが、怖いのは海溝と呼ばれる巨大な裂け目。

 そこに呑まれたら、砂海の深くまで落ちて、終わり。

 要は、気休めの会話に付き合うほど余裕がある訳でもないのだ。

 けれどクラウスは構いもせず、「そう言わずに」と食い下がった。


「こんなことにはなってしまいましたが、個人的には貴方のことを好ましく思っているのですよ? 互いに理解を深めるためにも、会話は必要ではないですか?」


「だから、状況は忘れて仲良くお喋りしましょうって? 悪いけど俺、んな呑気な人間じゃねぇから」


「理解を深めて、私を説得出来るかもしれません。ほら、貴方にとっても悪い話ではないでしょう」


 よく言う。

 そんな隙は最初から見せなかったくせに。

 フィルは先のフロートを見ながら、黙り込んだ。

 GDUは、当然事態を把握していない。

 親切で空気の読める誰かが、リーゼとティントを救出してくれるとは到底思えなかった。

 クラウスが自ら意志を翻さなければ、状況は何時までも変わらない。

 冷静に考えて。

 このまま彼の言いなりに進むなら、かなりの確率で命を落とす。

 自分が死ぬであろうという予想は、当然愉快ではない。

 それでも。


「フィルさん」


「……何」


 クラウスは疲れを見せることなく、微笑む。

 その笑い方は、初めて会った時と何も変わらない。


「貴方の師匠は、どんな方でしたか?」


 女王宮や『女王』について訊きたいのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 予想していなかった問いかけに、フィルは少しばかり怯んだ。

 彼の瞳は純粋な興味に彩られている。


「砂海孤児だった貴方を引き取って育ててくれた方、なのですよね? 非常に評判の良い2ndだったとか」


「…………」


「粛清時も迅速に住民の救出に当たっていたそうですね。そして、砂に呑まれた。携帯通信端末で生存確認がされたそうですが、その時会話はされたのですか?」


「……――」


「では、貴方が助けに行った時には」


「話したく、ない」


 強く拒絶すると、クラウスは驚いたように瞬いて、それから「すみません」と謝った。


「どうやら……、無神経なことを申し上げたようですね。貴方が、誓約を破ってまで助けに行った人が、どのような人だったのか知りたかっただけなのですが」


「……それだけ調べ上げといて、今更どんな人もねぇだろ」


 通り過ぎるフロートに触れる。

 R80地点。

 あと、少し。


「貴方の口から、聞きたいと思ったのです。もしも、『女王』によって、貴方の師匠が救われるかもしれなかったら、貴方は、私と同じ選択をしましたか?」


 ゆっくりと沈んで行く陽が、砂海に影を作る。

 踏み込んだ足が、その境を崩した。

 夜の内には、女王宮に辿り着くだろう。


「師匠は……、案内人として、いつか砂海で死ぬことを覚悟していた。それはあの人にとって誇りだったんだろうし、望みでもあったんだろう」


 フィルは静かに言った。

 生きていて欲しかった。

 けれどそれが叶わないことだとしたら、それ以上、何を望めるのだろう。


「あの時、俺は、師匠を連れて帰れないと判断したし、師匠も、自分は帰れないと言った。『女王』なら、師匠を救えた? 俺はあれがヒトを救えるモノじゃないって知ってんのに、同じ選択も何もねぇよ」


 『女王』がいなければ、師匠は。

 そうですか、とクラウスは呟くように言った。

 がっかりしているようでも、納得しているようでもない。

 柔らかい夕闇に、青い浮標の光が浮かび上がる。

 R83地点。

 女王宮に、最も近いフロート。

 ルートはこの先、海溝を避けるように緩やかに女王宮から遠ざかる。

 フィルは立ち止まった。

 促されるまでもなく、そのフロートに糸をかける。


「………ここからはルートを外れる」


「はい。女王宮は更に北、ですね?」


「砂海北部って意味では、ここから女王宮だけどな」

 

 彼が目指すのは、砂海の深淵。

 指先で手繰った糸が、風で撓んだ。


「……今なら、引き返せる。『女王』が齎す不死なんて幻想以外の何物でもない。大切な人を想うなら、今この瞬間に、その人の傍にいた方が良いと、俺は思う」


「……………そうかもしれません。けれど私は、行くと決めたのです」


 その返答は、やはり予想通りだった。

 それならば、彼自身が諦めてくれるまで進むしかない。

 フィルは無言で歩き出した。

 足元の砂が、影になった窪みにさらさらと流れていった。





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