7、答え
助かるかもしれない命のため。
粛清の影で起こった全てを知っていると言うのなら、その答えは、狡い。
クラウスはふっと窓辺に視線を送った。
決して強くはないはずの陽射しが痛むかのように、重く瞬く。
「勿論、貴方の師匠のように、砂に呑まれた『誰か』がいる訳ではありませんけれど」
「……じゃあ」
「女王宮に行くのに、他に目的がありますか?」
女王。
砂海の主に、不死を乞うつもりなのか。
痛みそうなこめかみを押さえて、フィルは首を振った。
「『女王』は……、人を救ったりしない」
「それは、体験に基づく発言ですか?」
フィルは反論を飲んだ。
そんなものは存在しない、と言い切れなかった。
「やはり、貴方は『女王』を見たのですね」
確信を得たように、彼は頷く。
「……見たわけじゃない」
ただ、あれは人の手に負えるものじゃないと知っていた。
脳裡に蘇る記憶から、眼を背ける。
それは一瞬だったのに、氷を呑み込んだような冷たい痛み。
フィルは思わず眉を寄せた。
「私は、これでも砂獣研究者です」
静かに、彼は言った。
「貴方が口を閉ざしても、『女王』と呼ばれるものが何を齎すのか、理解しているつもりです」
クラウスは手の中の叡力銃を、そっと握った。
正否はともかく、『女王』に関わる話は掃いて捨てるほどある。
情報の断片を繋ぎ合わせれば、仮説を立てるのはそう難しくはないのだろう。
「研究者ってのは、そういうもんなわけ? 本当、普通じゃねぇな」
「目的があって初めて、研究は前進するものだと思いますよ。その目的が、人の道を外れていることは、重々承知の上です」
玩んでいた叡力銃を、彼は唐突に構えた。
冷たい銃口が、額に当たる。
「っ!」
声を上げようとしたリーゼの口を、レイが手で塞いだ。
クラウスはそれを横目で見て、ゆっくりと狙いをずらす。
フィルから、リーゼへと。
そのまま撃てば、レイも巻き込む。
引き金が引かれることはないと、わかってはいた。
「貴方なら、わかって下さるかもしれないと思ったのですが、やはりそこまでは望めませんか」
助かるかもしれない命のため、か。
フィルは引き金にかかるクラウスの指を見つめながら、答える。
「もしも……、そこに誰かがいるのなら、女王宮に行く」
あの日の選択を、後悔してはいない。
誓約の重さが、助かるかもしれない命を優越するとは、どうしても思えないから。
もし駄目だったら、罰の名で始末でも何でもすれば良い。
「ただ、『女王』が目的なら、理解は出来ない」
「……大切な人に死んで欲しくない。貴方がかつて願ったことは、私と同じでしょう」
銃口をリーゼに向けたまま、訴えるように彼は言う。
違うとは言わない。
けれど、頷くことは出来なかった。
「『女王』が齎すものは、不死なんかじゃない。わかってんなら、どうして」
「どんな形であれ生きていてくれれば、それで良いんです」
その答えに、届く言葉があるのだろうか。
駄目だ。
フィルは重い手枷に視線を落とし、それからリーゼを見た。
巻き込んで、ごめん。
彼女はぎゅぅっと瞳を閉じた。
レイの腕に手をやって、戒めを解こうともがいた。
「 」
何か発した言葉は、レイの手に奪われて聴き取れない。
クラウスとのやり取りで、フィルの事情は多少なりとも彼女に知られただろう。
後悔、しただろうか。
せめて全部話して、謝りたかったけれど。
「答えを聞きましょうか、フィルさん」
クラウスは淡々と返答を求めた。
姿も知らない『女王』を探しに行く。
それも、彼を連れて。
生きて帰って来られる可能性は、限りなく低い。
そしてもし帰って来ることが出来たとして、『女王』に手を出した者を、クラウンが見過ごすはずがない。
それでも。
「……――わかった。貴方を、女王宮に連れて行く」
どんな結果が待っていても。
リーゼとティントには代えられない。
それが、フィルの答えだ。




