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ロストクラウン  作者: 柿の木
第七章
154/175

7、答え




 助かるかもしれない命のため。


 粛清の影で起こった全てを知っていると言うのなら、その答えは、狡い。

 クラウスはふっと窓辺に視線を送った。

 決して強くはないはずの陽射しが痛むかのように、重く瞬く。


「勿論、貴方の師匠のように、砂に呑まれた『誰か』がいる訳ではありませんけれど」


「……じゃあ」


女王宮(そこ)に行くのに、他に目的がありますか?」


 女王。

 砂海の主に、不死を乞うつもりなのか。

 痛みそうなこめかみを押さえて、フィルは首を振った。


「『女王』は……、人を救ったりしない」


「それは、体験に基づく発言ですか?」


 フィルは反論を飲んだ。

 そんなものは存在しない、と言い切れなかった。 


「やはり、貴方は『女王』を見たのですね」


 確信を得たように、彼は頷く。


「……見たわけじゃない」


 ただ、あれは人の手に負えるものじゃないと知っていた。

 脳裡に蘇る記憶から、眼を背ける。

 それは一瞬だったのに、氷を呑み込んだような冷たい痛み。

 フィルは思わず眉を寄せた。


「私は、これでも砂獣研究者です」


 静かに、彼は言った。


「貴方が口を閉ざしても、『女王』と呼ばれるものが何を齎すのか、理解しているつもりです」

 

 クラウスは手の中の叡力銃を、そっと握った。

 正否はともかく、『女王』に関わる話は掃いて捨てるほどある。

 情報の断片を繋ぎ合わせれば、仮説を立てるのはそう難しくはないのだろう。

 

「研究者ってのは、そういうもんなわけ? 本当、普通じゃねぇな」


「目的があって初めて、研究は前進するものだと思いますよ。その目的が、人の道を外れていることは、重々承知の上です」


 玩んでいた叡力銃を、彼は唐突に構えた。

 冷たい銃口が、額に当たる。


「っ!」


 声を上げようとしたリーゼの口を、レイが手で塞いだ。

 クラウスはそれを横目で見て、ゆっくりと狙いをずらす。

 フィルから、リーゼへと。

 そのまま撃てば、レイも巻き込む。

 引き金が引かれることはないと、わかってはいた。


「貴方なら、わかって下さるかもしれないと思ったのですが、やはりそこまでは望めませんか」


 助かるかもしれない命のため、か。

 フィルは引き金にかかるクラウスの指を見つめながら、答える。


「もしも……、そこに誰かがいるのなら、女王宮に行く」


 あの日の選択を、後悔してはいない。

 誓約の重さが、助かるかもしれない命を優越するとは、どうしても思えないから。

 もし駄目だったら、罰の名で始末でも何でもすれば良い。


「ただ、『女王』が目的なら、理解は出来ない」


「……大切な人に死んで欲しくない。貴方がかつて願ったことは、私と同じでしょう」


 銃口をリーゼに向けたまま、訴えるように彼は言う。

 違うとは言わない。

 けれど、頷くことは出来なかった。


「『女王』が齎すものは、不死なんかじゃない。わかってんなら、どうして」

 

「どんな形であれ生きていてくれれば、それで良いんです」


 その答えに、届く言葉があるのだろうか。

 駄目だ。

 フィルは重い手枷に視線を落とし、それからリーゼを見た。

 巻き込んで、ごめん。

 彼女はぎゅぅっと瞳を閉じた。

 レイの腕に手をやって、戒めを解こうともがいた。


「     」


 何か発した言葉は、レイの手に奪われて聴き取れない。

 クラウスとのやり取りで、フィルの事情は多少なりとも彼女に知られただろう。

 後悔、しただろうか。

 せめて全部話して、謝りたかったけれど。


「答えを聞きましょうか、フィルさん」


 クラウスは淡々と返答を求めた。

 姿も知らない『女王』を探しに行く。

 それも、彼を連れて。

 生きて帰って来られる可能性は、限りなく低い。

 そしてもし帰って来ることが出来たとして、『女王』に手を出した者を、クラウンが見過ごすはずがない。

 それでも。


「……――わかった。貴方を、女王宮に連れて行く」


 どんな結果が待っていても。

 リーゼとティントには代えられない。

 それが、フィルの答えだ。






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