6、暗き淵謀
女王宮。
その名に、リーゼだけが小さく息を飲んだ。
「予想はして頂いていたようですね」
「……当たって欲しくはなかったけどな」
砂海北部。
ユニオンから引き継がれた誓約が禁忌を謳う、女王の宮。
クラウスは僅かに首を巡らせて、リーゼを見る。
「本当は、クラウンに頼むつもりでした。きちんと穏便に交渉するつもりだったのですよ?」
「……クラウン」
リーゼは呟いて、クラウスを睨む。
元々、聡い子だ。
その言葉だけで、大体は理解が出来たのだろう。
「それじゃあ全部……」
そう、彼を責める。
「ええ、全部。そのためだけに」
ウェルトットでも、ガーデニアの大会でも。
そのために。
クラウスは屈みこんで、床に転がった叡力銃を拾い上げた。
フィルのものではない。
レイが手にしていた叡力銃だ。
「クラウンを探すのは、想像以上に大変でした。噂や評判を集めても、白焔さんと同じ。全て外れでしたから」
白焔。
フィルはレイを見た。
最初から、野良の残党などではなかったのだ。
クラウスは叡力銃のカートリッジを撫でて、「そういえば」と首を傾けた。
「あの一件では、判断材料にもなって頂いたのでしたね。お弟子さんには、やはり危ない目に合ってもらって……、申し訳ありませんでした」
彼は懐かしむように瞳を細めた。
シルトがクラウンか判断するために、あれだけのことをしたのか。
何故レイがあっさりと報復を諦めたのか、何故ガーデニアの大会に参加したのか。
今更わかったところで、どうしようもない。
「………じゃ、大会観戦も、本当はそっちが目的か」
シルトの一件がクラウンを求めてのことならば、わざわざ大会を見に来たのも同じ理由だろう。
暗殺者の役割をレイに与えて、GDUを騙す。
それは、どれだけの覚悟で。
「この立場なら、多少得られる情報もあると思ったのですが……。『姫』でさえ、結局は何も語ってくれませんでしたね」
苦い顔をした彼は、執着の欠片もなく彼女の通り名を口にした。
無闇にお気を煩わせることは、したくないんです。
侵入者の一件を敢えて伏せたと言った時の、イリアの声が一瞬で蘇る。
「あの人まで、利用したのか」
「……否定は、しません。好みの女性ではありましたが、目的があって近付いた訳ですから」
イリアが1stに昇格したのは、九年前。
けれど1stたちの中では最も新しいメンバーだ。
酷い。
リーゼが、呟く。
クラウスはあっさりと「そうですね」と頷く。
「けれど、あの方がクラウンを教えてくれていれば、こうしてフィルさんが巻き込まれることはなかったのですが」
不愉快な言い方だ。
クラウスも、自嘲気味に顔を歪めた。
ただその言葉を翻すことなく、続ける。
「あれだけ巨大な組織のトップ。どこからか辿って行けると思ったのですが。ユニオンは解体したと言うのに、クラウンは大した統率力をお持ちですね。誰も口を割らないので、レイに動いてもらうことにしました」
情報を求めて、レイをGDUに侵入させた。
そして、知ったのだろう。
クラウスはフィルを見て、「縁ですね」と苦笑する。
「貴方を大会で見たいと言ったのは、本当にただの興味でした。白焔さんの一件、そしてディナル先生の論文でお名まえを拝見していましたから」
「……結局、クラウンは見つからない。そこに適当な駒ってことか。とんでもねぇ執念だな」
女王宮に行く。
それが目的ならば、フィルの事情はさぞ都合が良いだろう。
もう良い、と首を振った。
それなら、決勝前にフィルを呼び立てたのも、レイを嗾けたのも。
「貴方なら、きっと女王宮に行ってくれると思ったのです」
あの時、来訪者のために扉を開けに行ったのは、リーゼだった。
用意されていた筋書きは、考えたくもない。
「ですが、予定は狂ってしまった。あの時は、急ぎ過ぎました。ですから改めて、貴方が自ら望んで女王宮に行ってくれるよう取り計らおうと思ったのですが」
「………」
クラウスはふっと唇を噛む。
「事情が変わりました。もう、時間がない。こんなことになるとは思いませんでしたが、確実な方法を取らせてもらいました」
ティントの件に、どこまで関わっていたかはわからない。
けれど恐らく。
議長を叡力銃で撃ったのは、レイ。
そして、首都公安にフィルを拘束させたのはクラウスだろう。
全てを知って、確かに苛立ちはあった。
リーゼとティントを巻き込んだことを、当然許せるはずもない。
それなのに、掌を明かされて正直、途方に暮れた。
砂海案内人として多少危ないことは経験したけれど、所詮フィルは陰謀にも策略にも縁がない生活をして来た。
これだけの計画を実行した相手を、説き伏せるだけの言葉を持っている筈がない。
ただ全て受け入れてしまうには、あまりに。
「……何のために、女王宮に」
フィルの問いに、クラウスは笑った。
「そこに行けば、助かるかもしれない命のために」




