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ロストクラウン  作者: 柿の木
第七章
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4、搦手の罠




 ユニオン最後の咎人。


 そうフィルを呼ぶのは、あの時の事情を知る数少ない人だけ。

 この人が、知っているはずが。

 クラウスは肩を竦めて、「流石、あまり驚かれませんね」と微笑む。

 

「……顔に出ないだけですよ」


 真意がわからぬまま、ただ感覚に命じられ身構えた。

 フィルは浅く息を吸って、白服の男との距離を測る。

 二歩。

 行ける。


「意味が、わからないんですけど」


「貴方はユニオンの誓約を破り、『女王』の禁忌に触れた。全て、知っています」


 その名を出されて、フィルは短く息を吐く。

 誤魔化しようは、なさそうだ。


「……どこで、それを?」


「説明には少し時間を頂いてしまいますが……、いえ、それは私の義務でしょうね。状況もわかって頂かなくてはなりません」


「状況、ですか」


 クラウスは少し寂しそうに顔を歪めた。

 いっそ豹変でもしてくれれば、こちらも態度を決められるのに。

 けれど。


「碌な話じゃなさそうですね」


 フィルは僅かに腰を浮かせる。


「ええ、お察しの通り。碌な話ではありません」


 酷く端的にそれを認めると彼は振り返って、「レイ」と呼びかけた。

 返事は、なかった。

 壁にかけられた鮮やかな織物が揺れる。

 窓からの陽を遮るように、小さな扉が音もなく開いた。

 


「………リーゼ」



 見間違うはずもない。

 柔らかい色の髪が、はっとしたように跳ねた。

 彼女は背を押されるようにして、一歩踏み出す。

 その背後に立っていたのは、かつての襲撃者。

 ターバンで頭と口元を覆ったその人は、確かに大会でクラウスを襲った人物だった。

 

 レイ。

 

 それなら。

 それならこれは、一体どこまで彼が描いた「物語」なのだろうか。


「……フィル、さん」


 リーゼはぎゅっと瞳を閉じてから、微かに唇を震わせる。


 逃げて下さい。


 声なく紡がれた言葉。

 リーゼはレイに腕を取られ、引き摺られるように連れて来られる。

 行動に似つかわしくない穏やかな瞳で、彼はリーゼの隣に立った。

 その手には、叡力銃が握られている。

 嵌めれているのは、赤い叡力カートリッジ。

 フィルの理解を待つように、クラウスは一拍間を置いた。

 そして、欠片も緊張を感じさせない所作で、胸元から白い布に包まれたものを取り出す。

 叡力カートリッジよりは、少し大きい。

 クラウスはそれをテーブルに置くと、布を解いた。

 布の内側は、何かが擦れたように汚れている。

 血だ。


「……これで、状況はわかって頂けたでしょうか?」


 叡力兵器のサンプル。

 赤紫の叡力を隠すように、溶管には乾いた血がこびり付いていた。

 これは確か、ティントが。

 リーゼと目が合う。


「…………お願いがあると、言ってましたよね」


 彼女は、そのための人質か。

 フィルが抵抗しなかったことに、多少なりとも安堵したのだろう。

 クラウスは視線を落とした。


「ええ。私は、どうしても――」


 フィルは手枷を持ち上げるようにして、テーブルの上のサンプルに手を伸ばした。

 それを掴むことを、クラウスは止めない。

 溶管の血の跡を、指先で強く捉える。

 駆け抜けた感情を殺せたのは、きっとリーゼがいたからだ。

 失敗は、出来ない。

 少し身を乗り出すと、流石にレイの視線が手元に注がれるのがわかった。

 次の動きを予想して、彼は半歩、踏み出す。


 ほとんど同時に、掴んだサンプルを思い切り投げた。

 

 クラウスが言いかけた言葉を、飲む。


「――ッ」


  

 顔面目がけて飛んだそれを、レイは反射的に叩き落とす。


 欲しかった、一瞬の隙だった。

 

 




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