3、罪の在処
通された部屋は、いつか凪屋で見たような異国の様相だった。
見上げるほどの窓に、木で組まれた日覆い。
壁にかかった落ち着いた色の織物が、窓の近くの小さな扉を半分ほど隠している。
射し込む陽は、夏の鋭さもなく柔らかかった。
恐らく倍の身長でも楽に入れる扉を、白服の男が静かに閉めた。
クラウスはそれを見届けてから、フィルに席を勧める。
高い天井に釣られた見慣れない形の照明の下。
黒い光沢のあるテーブルに向かい合うよう、ベッドと見紛う大きさのソファがある。
「どうぞ。まずは、お茶にしましょう」
ごく浅く腰かけたソファはバランスを崩しそうなほど、深く沈み込んだ。
やけにゆっくりと、クラウスが白磁のカップを用意する。
「いえ、お構いなく」
「…ああ、そうでした」
フィルがそれとなく手枷を示すと、クラウスは残念そうに眉を下げた。
いずれ落ち着いたら、と思わず付け加える。
彼は何も言わずに、頷いた。
それから、首を傾けて僅かに考え込むような顔をする。
状況が状況だからか、穏やかな顔つきが翳った。
「まずは、これからのお話をしなくてはいけませんね」
「すみません。頼らせて頂いてばかりで」
「……いいえ。そんなことは良いんですよ」
こうして一応クラウスに助けて貰ったが、まだ根本的には何も解決していない。
議長を撃った犯人が捕まれば良いが、公安がフィルを犯人だと思っている以上、あまり進展はなさそうだ。
かと言って、フィル自身が犯人を見つけ出すのは現実的ではない。
まあ、まずはリーゼとティントに連絡を入れ、サナ辺りに助けを求めるのが妥当だろうか。
面倒だが、GDUにも通信は入れないといけないだろう。
ああ、不可抗力なのにまたレイグに凄まれそうだ。
フィルの目の前に座ったクラウスは、「これからの話を」と言ったのに何故か黙り込んだ。
細い指先を、幾度か組み直す。
「……殿下?」
フィルが首を傾げると、彼は「ああ」と低く答えた。
「そう、ですね。こうしていても仕方ありません。これからの話を、しなくては」
そうして、「すみません」と憂鬱そうに謝る。
彼は重く持ち上げた手を、唐突に打ち合わせた。
その乾いた音に、待ち構えていたようにゆっくりと部屋の扉が開かれる。
つい先程、扉を閉めた白い制服の男だ。
緊張のためなのか、強張った顔をしている。
彼は静かに、飾りの付いた台を捧げ持つように近づいて来た。
丁寧に、整然と台に並べられていたのは、見慣れた叡力銃に剣。
その他、諸々の装備だ。
身軽そうに見えたのにと、公安で酷く文句を言われながら押収されたもの。
携帯通信端末とタグの付いたイヤホンも、全て欠けずに揃っている。
「……これ」
「無理を言って、公安から預かって来ました」
台を持った男は、少し離れたところで立ち止まった。
それを見届けてクラウスは、息を吐く。
「こんなことになるとは、思っていませんでした。本当に、お詫びのしようもありません」
「はい?」
その言葉が何を指し示すのか、一瞬わからなくなる。
理解が追いつかないフィルに構うことなく、クラウスは「そんなこと、言える立場ではありませんか」と自嘲気味に呟く。
それはフィルに、と言うより、自分に言い聞かせるほど微かな声。
伏せた瞳が再びフィルを捉えた。
「実は、フィルさん。これを返す前に、貴方に」
いえ、とクラウスは言葉を選ぶ。
予感めいたものを掴む暇もない。
彼は獣に似た鋭い眼をして、言った。
「フィル・ラーティアさん。ユニオン最後の咎人である貴方に、お願いがあります」




