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ロストクラウン  作者: 柿の木
第七章
148/175

1、仄暗き檻より




 気分はどうだ、と看守が言った。

 低い濁声が、わぁんと木霊する。

 籠った空気を吸い込んで、見上げた天井は重苦しい鼠色。

 何度見ても、うんざりする。


「……お陰さまで、最悪ですね」


 フィルはそろりと身体を起こした。

 寝がえりを打ったら即落ちるような石の台に横になっていた所為で、あちこちが痛い。

 鉄格子の向こうで、看守は拍子抜けしたように息を吐いた。

 脱走するとでも思われていたのか最初は随分と警戒されていたが、ここ数日は気安く話しかけて来る。

 同じような話をしに来る辺り、暇なのかもしれない。


「何だ、とんでもない凶悪犯だって聞いていたのにな。本当に、ずっと大人しいじゃないか」


「身に覚えのないことで凶悪犯とか言われても」


「何度も言うが、そういうことは出るとこ出て主張するんだな」


「………」


 じゃあ、そういうとこに出してくれよ。

 出かかった言葉を飲み込む。


 アルカーナ議長暗殺未遂。


 自分にかけられた容疑を思えば、至極人道的な扱いを受けている。

 彼に文句を言うのは、お門違いだ。

 ただ、とフィルはもう一度軽く天井を仰ぐ。

 首都公安の留置所。

 監獄の一歩手前、と言っても気分はすでに囚人のそれだ。

 拘束され、ここに放り込まれて数日が経っている。

 最早人道的扱いと言うより、放置。

 え、まさか忘れられてたりしねぇよな?

 溜息を吐くのも、疲れてしまった。

 


 あの夜。

 旧市街のホテルで店員から話を聞いた時は、動揺を通り越していっそ笑えた。

 暗殺未遂?

 一介の砂海案内人風情に、大層な濡れ衣だ。

 撃った覚えは、無論ない。

 あの腹に一物も二物もありそうな議長さんのことだ。

 大がかりな意趣返しの可能性も、捨て切れなかった。

 そうだとしたら、フィルの名が敢えて上がっているのは逆に都合が良い。

 とりあえず、ティントたちは巻き込まれないで済む。

 簡単に結論を出したのは、それだけ選択肢が少なかったからでもある。

 多少の時間稼ぎで公安を振り回し、機を見て大人しく投降した。

 仔細を知ったのは、この看守が話しかけるようになってからだ。


 議長が叡力銃で撃たれ、意識が戻らぬこと。

 目撃者は多数いて、その証言からフィルの名が上がったこと。


 これは大変なことになったなー。


 最早、感情が付いて行かない。


「まったく……、若いのに馬鹿なことを。こうなったらさっさと吐いて、罪を償えよ」


 看守はしみじみと憐れむように、フィルの手元を見た。

 鉄の手枷。

 ただこんな拘束具より、とフィルは黙って右肩を竦める。 

 当然だが、叡力銃を含め武装の類、そして携帯通信端末も拘束された時点で押収された。

 凶悪犯と思われているのなら当たり前だが、通信が使えないのは思っていたより堪える。

 リーゼたちは、無事にガーデニアに帰ることが出来ただろうか。


「おい、聞いてるのか? おっかさん、泣いてるぞ」


「あ、いや、親いないんで」


 看守の「しまった」という顔に、フィルは苦笑する。

 彼は咳払いをして、それから怪訝そうに顎を擦りながら言った。


「……でもな、実際取り調べの通達もないし、どうなっているんだか」


「それ、俺に言われても」


「そうだな……。衝撃的な事件だったから、上も大変なんだろう。議長もあんな状態だしなぁ」


「……、じゃ、まだ議長さんは?」


「おいおい、それ、聞くのか?」


 お前が撃ったんだろう、と言われて、否定の言葉もなくフィルはただ首を振った。

 確かに一悶着あったが、あれくらいで人を撃っていたら砂海案内人なんてやっていられないのだが。

 看守は、「酷いことしやがって」と唸った。


「叡力銃で撃たれたからな。まだ、意識も戻ってない。結構なお歳だから、どうなることやら」


「……」


 叡力銃で撃たれて生きているのなら、それは奇跡に近いんじゃ。

 運が良い。

 おぉい、と声が響いた。

 看守はさっと振り返り、声を上げた同僚に「はいはい」と返事をする。

 大人しくしてろよ、と鉄格子を軽く叩いて、小走りに去って行った。


 フィルは石台に腰掛けたまま、ぼんやりと音を辿る。

 留置生活の初日、向かいの牢には煩い男が、左隣りには痩せた女がいた。

 男は訳のわからないことを断続的に叫び、女は延々すすり泣いていて、大層賑やかだったのだが。

 二人とも、その日の内にどこかへ連れ出され、戻っては来ない。

 罪が確定したのか、或いは赦されたのか。

 看守が気まぐれに話に来る時以外は、聴覚がおかしくなるほど静かだ。

 いつまでこうしていれば良いのやら。


「はっ? え、いや、はあ……。いえ、でも、本気ですか?」


 裏返った看守の声に、フィルは首を傾げる。


「――、とにかく、…………下さい」


 途切れ途切れ、男性の穏やかな声が聴こえる。

 やんわりとしているが、有無を言わせぬ調子だ。

 どこかで。

 こつりこつりと心地良く響く靴音に、慌てたように看守の足音が続く。


「――あ」


「……ああ」


 安堵の声が、重なる。

 姿を見せたその人に、フィルは茫然と瞬く。

 青みがかった黒い瞳を細めて、彼は微笑んだ。

 銀の髪留めでまとめられた茶褐色の髪が、肩へと流れている。


「殿下」


 クラウス・セルディア・フィリランセス。

 この国の、第七王子。


「良かった、フィルさん。遅くなってしまって、申し訳ありません」


 クラウスは場にそぐわぬ優雅な所作で、頭を垂れた。





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