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ロストクラウン  作者: 柿の木
第六章
146/175

21、隠者


  

 

 街灯の頼りない光を辿ると、すぐ目の前にトラムの停車場。

 苦しい。


「…リーゼっ」


 ぐいと手首を掴まれて、振り返る。

 大した距離ではなかったはずだが、追いかけて来たティントも酷く息を切らせていた。

 彼は荒く呼吸をしながら、「落ち着きなよ」とリーゼを諌める。


「フィーくんだって、ああ見えていい大人だよ? まして状況がわかってたんなら、僕らが行っても仕方ないって」


「そんなこと、わかってます」


 きっと、リーゼたちがガーデニアに逃げた後のことまで想定して。

 その上で、フィルは判断したのだろう

 彼は、砂海案内人。

 ほんの僅かな差でも、より良い選択をしたはずだ。


「だから、何だって言うんですか?」


「……あのねー、リーゼ。フィーくんが大事なら」


「フィルさんのために行きたいんじゃ、ないです!」


 ティントは、口を噤んだ。

 泣きそうで、腹立たしくて、悲しい。

 鈍色の穏やかな瞳を、リーゼはきつく睨む。


「私が行きたいから、行くんです」


 彼はそう望まないだろうけれど、そんなこと、知ったことではない。

 ティントは、呆気に取られたように瞬いて。

 それから面白がるように、にぃっと笑って、手を離した。

 

「…フィーくんは、一人で歩き慣れちゃってるからね。追っかけるの、大変だよー?」


「そんなこと、最初からわかってます」


 あの人のところに押しかけた、その時から。

 ティントは、「そっか」と頷いた。


「わかったー。君が一緒に捕まったら、フィーくんもちょっとは反省するでしょ。それなら、悪くないかもね」


 そんな無責任なことを言って、「こっちは任せてよー」と請け負う。

 半歩下がって、彼は軽く手を上げた。

 その手を、いってらっしゃいと振る。 

 

「………」

 

 血の繋がりのない、形だけの「兄妹」。

 お互い、割り切って関わり合ったはずなのに。

 「お兄ちゃん」なんだ、とか、今更。


「リーゼ?」


 行かないの、と首を傾げたティントが、ふっと視線を向ける。


 リーゼの肩越し、トラムの停車場へ。


 釣られて、振り返った。

 ほぼ同時に。

 首筋を冷たい手で撫でられたような、嫌な感覚。

 何?

 

 停車場の白い灯りの下。

 ぽつんと佇む、小柄な影。 


 忘れようもない、ここに、いるはずがない人。


「…………………」

 

 ただ自分が、ひゅっと息を飲んだのがわかった。

 脳を揺さぶられたように、吐き気さえ覚える。


「どしたの? 何、また知り合いー?」


 背後で、ティントが怪訝そうな声を出す。

 リーゼは腕を広げて、彼を押し留めた。

 上手く後退りが出来ない。


「どうして…、捕まったんじゃ」

 

 他人の声のように、自分の呟きを耳にする。

 その人は、何も言わなかった。

 見慣れない柄のターバンが、この時期に似つかわしくない肌を隠すゆったりとした服が。

 柔らかく風を孕んで、靡く。

 

「…何で、どういうこと、なんですか」

 

 今、目の前にいるその人は。

 ウェルトットで白焔を巡る騒乱を引き起こして。

 そしてガーデニアの大会で、第七王子クラウスを、暗殺しようとした人。

 確かに囚われたと、聞いていたのに。

 答えが、あるはずもない。

 代わりに、するりとその足が動いた。

 

 逃げられない。

 きっと、敵わない。

 

 散り散りになる思考を、必死に繋げる。

 大丈夫だと、手を引いてくれる人は、ここにいない。

 リーゼは剣を抜いた。

 無駄だ。

 そんなことくらい、わかっている。

 まだ状況を知らないティントに、「逃げて」と叫んだ。

 彼が何か答える前に、

 

 音もなく、ただ風を纏って飛び込んで来る影。


 綺麗な音を立てて、握っていたはずの剣が一瞬で宙を舞う。

 銀閃。


 やだな、痛そう。


「フィルさん」


 もしも。

 もしもこれが、最期なら。

 

 リーゼは眼を瞑って、視界を閉ざした。



 

 

 




GARDENIA NEWS 1170.6.26


バッシュ・アルカーナ議長狙撃事件 続報


 連日お伝えしている議長狙撃事件。

 首都の研究機関で発生した凶行は、各方面に大きな混乱を呼んでいる。

 この事件は、犯行に叡力装填式銃が用いられたこと、そして直前にトラブルになっていたことから、GDUの認可正砂海案内人が首都公安によって拘束されている。

 しかし公安当局はそれ以降一切の情報を公開しておらず、拘束された人物が罪を認めているのか、或いは否認しているのか、そして現在どのような状況下で取り調べが行われているのか。

 全く明らかにされていない。


 この事件を受け、GDUは拘束された砂海案内人との面会を要求。

 叡力学会研究誌の関係者が被疑者の無実を訴え出たことから、不当に拘束された疑いがあるとして、首都公安を相手取り全面対決の構えだ。

 しかし、事件当日の詳しい事情を知る被疑者の知人二名が所在不明のため、交渉は難航している模様である。

 拘束された砂海案内人については、その人となりを知る多くの人が、「とても信じられない」、「案内人蔑視の冤罪である」などと怒りの声を上げており、その解放を求め、砂海案内人を中心に静かに活動が広がっている。

 今はただ、速やかな情報の開示と厳正なる調査、そして議長の回復が待たれるばかりだ。


 さてこれより、記者としてではなく「個人」として意見を述べることを許して頂きたい。

 実は本誌は以前、今回拘束された砂海案内人に、仕事を依頼している。

 取材のため、ガーデニアとウェルトットの往復案内を依頼したが、印象としてはトラブルを未然に避け、実に堅実な案内をする人物であったと言える。

 更にその人物に接した「個人」としての意見を述べるならば、砂海案内人らしい捉えどころの無さはあったが、命の重さを知る聡明な人物であった。

 この依頼の際も多少想定外のトラブルが発生したが、一時の感情に流されることなく事態を解決に導いている。

 本当に、罪を犯したのか。

 個人としては、公安の調査に対する不信感が募るばかりである。

 しかし真実がどうあれ、ガーデニアニュース記者として公正に事態を見つめ、真実を伝えていく覚悟だ。

 

 

 



 

 




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