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ロストクラウン  作者: 柿の木
第六章
144/175

19、まどろみの終わり




 …………てるぜー。

 とっとと逃げた方が――…。

 んで本当に、兄さん………ないんだなー?

 ま、いいさ。

 裏口、使いな。



 ふっと、眼が覚めた。

 握り込んでいた毛布から手を離して、リーゼは身体を起こす。

 隣のベッドではルニアが、床の隅ではティントが仮眠をとっている。

 確かに、声がしたのに。

 吸い寄せられるように、彼に視線を向けた。

 小さな窓から通りを見下ろしていたフィルが、すっとリーゼを見た。

 見慣れた黒髪が、窓からの風で揺れる。

 彼は少しだけ、困ったように笑った。


「リーゼ、起きちゃったか」


「はい…。あの」


 フィルはさっとティントの傍に寄ると、遠慮なくその肩を揺らした。

 ベッド脇の壊れたような小さな時計を見る。

 時刻は、午後十時半。


「……ルニアさん」


 彼に倣って、丸くなって眠っているルニアを起こす。


「出発ー?」


 くあー、と欠伸をして、ティントが訊く。

 フィルは「ま、ちょっと早いけど」と言いつつ、窓の方を顎で示した。


「公安が動いてる」


「……え?」


「店員が裏口から出してくれるって。旧市街はもうかなりの人数が巡回してんな」


 ふわふわとしていたルニアが、一瞬で表情を引き締めた。

 議長が、どうしてもティントとサンプルを、ということだろうか。

 諦めが悪い。


「リーゼ」


 フィルに呼ばれて、リーゼはぱっと姿勢を正した。


「ティントとルニアさん連れて、駅まで行けるな?」


「………え、それ、どういう意味ですか」


 彼は、「どういう意味って」と肩を竦めて、


「流石に四人でぞろぞろ逃げられる状況じゃねぇよ。多少、撹乱しねぇと」


 まるで世間話のように、あっさりとそう言う。


「囮になるんですか!?」


「リーゼ、相手は人間だけど? 何度も言うけど、そんな弱そに見えんの、俺」


 人間相手の撹乱。

 彼ならば、訳ないだろう。

 見た目はともかく、彼が強いと勿論知っている。

 けれど。


「…フィーくん」


「ティント、ちゃんとサンプル持ってんだろーな。忘れっと洒落になんねぇよ?」


 ティントは白衣の懐を確認して、頷く。


「フィーくんこそ、ちゃんと合流するつもりだよね?」


「何それ。質問の意図がわかんねぇ」


 フィルは呆れたように答え、ティントの額を軽く叩いた。

 流石にこの事態は想定していなかったのだろう。

 凍りついたままのルニアに、彼はゆっくり「大丈夫」と声をかける。


「リーゼはこう見えて、立ち回り上手いから。まあ、最悪捕まっても、サナさんが悪事を暴いてくれんだろ」


「…………はい。ラーティアさん、その、貴方を巻き込んで」


「だから良いって。お互い、苦労するよな」


 こいつに関わると、とフィルは笑う。

 ルニアも、ようやく微笑んで頷いた。

 フィルは「それじゃ」と、足音も立てずに部屋を出ようとする。

 思わず。

 リーゼは、フィルの手を掴んだ。

 振り返った彼は、一瞬目を丸くして。

 仕方ないな、とばかりに鳶色の瞳を優しく細める。

 この人の、こういう表情は、狡い。


「俺が出てったら、外の様子を確かめて」


「わかってます」


「二人ともこういうのは完全に素人だから」


「わかってます」


「俺が万が一間に合わなくても、ちゃんとガーデニアに」


「それは嫌です」


「……リーゼ」


 わかっている。

 彼一人なら、別に今夜の特急に乗れなくても、何かしらの手段でガーデニアに帰れるだろう。

 徒歩で、都市を経由し街道を行く方法だってある。


「わかってますっ」


 状況は、リーゼたちも同じだ。

 寧ろ、彼が一緒ではない分、危険性はこちらの方が高い。

 どうして、心配してるのだろう。


「大丈夫だって。今回も、ちゃんと帰って来たろ?」


「…はい」


「俺としては、リーゼたちの方が心配なんだけどな。無茶すんなよ? 無理だと思ったら大人しく投降すること。わかったな?」


 リーゼは頷いた。

 頷いて、そっとフィルの手を離す。

 彼はその手を伸ばして、一瞬躊躇う。

 頭、撫でてくれても良いのに。

 今なら、子ども扱いしてなんて、怒ったりはしない。


「何か、いっつも心配かけてんな。ごめん」


 額に、軽く手の甲が触れた。

 そうですよ、とか、反省して下さい、とか。

 言いかけた言葉が咽喉に詰まって、痛い。

 彼は苦笑して、するりと踵を返す。


 大丈夫。


 リーゼはただ黙って、その背中を見送った。




 


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