表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストクラウン  作者: 柿の木
第六章
143/175

18、ささやかな進歩




 一瞬で、暗闇に落ちた実験室。

 入口を突破するのは、難しくはなかった。

 議長さんは高齢だし若干悪いかなと思ったが、遠慮なく、警備員諸共蹴り飛ばす。

 加減はした。

 向こうは銃を向けたのだから、これくらいは仕方がないだろう。

 乱暴にティントを引き摺って、脱出。

 その間も、ずっと。

 ティントは、けらけら笑っていた。

 脱出方法があるとは思いも寄らなかったのだろう。 

 正門と周囲の柵に警備が集まる中、搬入口に逃げ込んで、ティントを木箱に押し込む。

 その時も、笑っていた。

 迎えに来てくれた開発部長さんが、途中注意を促すように木箱の天井を叩いたほどだ。

 笑いすぎ。


「お前なー、全然反省してねぇだろ」


「や、うん。反省したよー」


 ティントは、お嬢さん方に強かに殴られた所を擦った。

 狭いホテルの一室。

 開けたままの窓から、風が入って来る。

 無事アースト社まで連れて帰ってもらい、一応こそこそとここまで逃げて来た。

 あのやる気のない店員は、興味のなさそうな顔でにやっとしただけ。

 旧市街にホテルを取ったのは、正解だったのかもしれない。


「本当ですか? アースト社まで巻き込んで…、大変だったんですから」


 ふい、とリーゼはそっぽを向く。

 アースト社利用しようって言い出したのは、リーゼだけどね。

 まあ、何事もなく済んだためか。

 あれだけ渋っていた開発部長さんも、最後は「今後ともご贔屓に」と笑顔を見せてくれた。

 本当に、一件落着だ。


「全くです。本当に、いい迷惑です。ディナルさんのせいで、私、溜めていた有休使う羽目になったんです。せっかく、イグへの小旅行計画していたのに」


 ルニアは、腹立たしいとばかりに形の悪い枕を、ぼす、と殴りつけた。

 なかなかの迫力だ。

 ティントはベッドに腰掛けたまま、その剣幕に身体を引く。

 リーゼが、「でも」と少し不安そうに窓を見遣った。


「…大丈夫、ですよね?」


 議長がしぶとく追っては来ないだろうか、と彼女は顔を曇らせる。


「ま、不法侵入はしてっけど、向こうだって大事には出来ないだろ。下手したら、会見のために集まってる記者連中に追及されるだろうし」


 さっさとガーデニアに帰りたいのは山々なのだが、次のガーデニア行きの特急は今夜十二時発。

 フィルがティントと脱出すると伝えた時点で、ルニアが調べてくれたらしい。

 そのため、ホテルで一時待機。

 今のところ、外は騒ぎにもなっておらず、無論追手もない。


「そーだよねー。どっちかって言えば、おじさんたちの方がヤバいことしてるし。銃まで持ち出してさー、脅しとはいえ撃っちゃうんだから」


「…………何ですか、それ」


 あー、余計なことを。

 ティントはまだぴんと来ないらしく、平気な顔で「あのねー」と詳細を語る。

 リーゼは話を最後まで聞いて、それからフィルを冷たい眼で見た。


「随分と、危ないことになってたんですね」


「……いや、議長さん、当てる気はなかったみたいだし。って、何で俺が責められんの?」


 納得行かない。

 リーゼは、「少し自重して下さい」と心底呆れた顔をした。


「今度は、一緒に行きますから」


「…今度って」


「良いですよね?」


「あ、はい」


 そんなドスの効いた声を出さなくても。

 ティントがまた笑い出す。


「フィーくんてば、怒られてるー」


「ディナルさんは少し反省しましょうか、ねえ?」


 ルニアさんが、怖い。

 彼女はふーっと長く息を吐く。


「…少し、休みましょうか。呑気なディナルさんはともかく、私たちは午前二時からの強行軍ですし」


 やっと安心出来て、疲れを思い出したのだろう。

 リーゼもこくんと頷く。

 確かに、疲れた。


「あー、そうだ。あのさ」


 それなら、とティントは片手を挙げた。

 首を傾げる面々に、にこーっと無邪気に笑う。


「フィーくんに、リーゼ、ルニアさんも。今回は本当に、ありがとねー」


 ホント、こいつは。

 フィルとリーゼは思わず顔を見合わせた。

 素直にお礼が言えるようになったのは、進歩なのか。

 唐突に名まえを呼ばれたルニアはといえば、泣き出しそうな笑い出しそうな、変な表情をして。

 さっき殴った枕を掴んで、物凄い勢いでティントの顔面を打った。

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ