17、暇乞い
「ほーら見ろ。面倒臭ぇことになったじゃねぇか」
「えー、僕のせい?」
「間違いなくお前のせいだろ」
ティントは納得の行かない顔をする。
いや、お前のせいだから。
「どうやら…、良からぬことを吹き込まれたようですね」
警備たちの後方で、議長はゆっくりと首を振る。
失望を滲ませた声に、偽りは感じられなかった。
この人は本気で、ティントと共に砂海を相手にするつもりだったのだろう。
「良からぬこと? 何で?」
ティントはサンプルを玩びながら、問い返した。
「別に唆されても、誑かされてもいないけどなー」
「…では何故、唐突に協力を止めるなどと言い出したのですか?」
そりゃあ、ここまで来て腹立たしいだろう。
責める口調の議長に、ティントは「何故って」と逆に不思議そうな顔をした。
「面白味のない他人の計画に乗っかって手を出すのは、やめようかなって」
だって、相手は砂海だよ?
ティントは、フィルに「ねー」と同意を求めた。
「本気でやろうって決めたから。僕は、自分のやり方でやるよー。行きつくとこは同じだし、別に良いでしょ」
「だ、そうだけど。ま、こいつのことだから、俺が来なくても自分で整理付けてさっさと抜けてたんじゃねぇかな」
今回は、お互いにティント・ディナルに振り回されたということだ。
議長はしんとした瞳で、フィルとティントを見た。
判断しかねた警備員たちが臨戦体勢のまま、「どうしますか」と訊く。
「…では、ディナル博士。そのサンプルは置いて行って頂きたい」
やはり。
政策はこれから初の会見を控えている。
恐らくは議長も口にしていたように、対外的にもかなり影響があるだろう。
その実行力を示すには、ある程度の「形」が必要だ。
ティントにも抜けられて、肝心の叡力兵器がまだ机上のものなどと、堂々と言えるはずがない。
無論、ティントはすっと眉を寄せた。
「君たちには過ぎた玩具だよ。何の契約もしてないのに、何で所有権を主張してるのかなー。意味わかんないんだけど」
「それでは、博士の言い値で買い取りましょう」
その一言で、ティントはすぅっと目を細めた。
「……僕はね、研究者として、それなりに誇りは持ってるつもりなんだ」
時にそれは避けられないことではあるけれど。
作り出した物が、意にそぐわない形で利用されることは彼にとって苦痛以外の何物でもない。
金で云々などと、逆鱗に触れただけだ。
議長は、肩を落とす。
「行こ、フィーくん」
歩き出そうとしたティントが、それを見て、ぴたりと止まる。
フィルは反射的に、手を伸ばした。
動いては、いけない。
ぱぁん、と乾いた音。
背後の何かが、かしゃんと哀しげに壊れる。
向けられているのは、銃口。
それも、フィルがかつて使っていたような実弾を用いるタイプの旧式だ。
唐突に発砲した議長を、警備員たちが狼狽した様子で窺う。
今のは、完全に威嚇だった。
議長は、ふっと笑う。
顔の右側も、自然と解れたような笑みだった。
「あまり、こういう手段は取りたくないと思ったのだがね。そこの彼にも、手段は選ぶなと激励されたばかりだ。大目に見てもらおうか」
「そーいう意味で言ったんじゃねぇけど」
都合良く解釈してくれる。
議長は、フィルに照準を合わせた。
殺気までは感じない。
けれどそれにしては、見事なほど、狙いに狂いがなかった。
扱い慣れている。
「…それでは、同じ要求をさせて頂こう。博士、貴方の自由を奪おうとまでは言わない。ただそのサンプルは、我々に必要なものだ。置いて行きなさい」
「……………」
「貴方は意外と友人想いな方のようだ。彼に、痛い思いはさせたくないだろう」
議長は促すよう、片手を伸ばした。
ティントは顔色一つ変えずに、「狡いなー」と呟いた。
「一言言わせてもらうけど、そういうやり方は人として終わってると思うよ」
「目的のためなら、人の道から外れることも吝かではないのでね」
ティントは溜息を吐いて、それから躊躇いなくサンプルを差し出す。
その手を、フィルは掴んで。
ホルダーから、叡力銃を抜いた。
撃っては、来ない。
色のない叡力が、眼前で揺れる。
息を飲んだのは前衛の警備員たちだ。
強化ベストでも、叡力弾を受けたら一溜まりもないとわかるのだろう。
大会用のカートリッジだから、撃っても打撲程度だけど。
黙っとこ。
「私と撃ち合うつもりか? 面白い」
乱れない照準に、フィルはただ笑みを返した。
命を懸けない撃ち合いなら、それはそれで面白いかもしれない。
「フィーくん、フィーくん。こんなとこで撃ち合って、サンプルに当たりでもしたら、どーん、だよ?」
「そりゃ困る」
あはは、と笑って、引き金に指をかけた。
狙いは。
視界の隅で、やっと目的を悟った議長が素直に驚くのが見える。
遅い。
発砲音は、ない。
壁のパネルで叡力が弾けた。
ばちん、と大きな音がして、
照明が落ちた。




