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ロストクラウン  作者: 柿の木
第六章
140/175

15、背中合わせの




「………わかんない?」


「うん。わかんない」


 これは、一発殴った方が良いかもしれない。

 ティントは流石に、「まあ、聞いてよー」と釈明する。


「ほら、君から漠角について通信があったじゃない? あの時さー、ここに来てたんだよねー」


 ティントは、コーヒーらしきものを一気に仰いだ。

 閃光弾の裏ワザを、論文にまとめてから。

 ティントのもとには、方々から叡力兵器開発に携わってくれと依頼があったらしい。

 いい加減、ウザったくて。

 彼はあっさりと言いながら、空になったカップを押しやった紙束の上に載せた。

 父親経由で政策への協力を求められ、これは一言言ってやろうと思い立ったらしい。


「でもちょっと調べたら、何かもう理論を勝手に転用してるみたいだったからさー、証拠掴んで出るとこ出てやろうかなって思ったんだ」


 隠密活動ってやつ、とティントは何故か格好付けた。

 何だそれ。

 そしてすぐに、でも降参、と手を上げる。


「やー、フィーくんの通信に夢中になってたら見つかっちゃって。さっきの君みたいに、あのおじさんとじっくり話す羽目になっちゃったんだよー」


 ティントが隠密。

 そりゃ、見つかるわ。

 恐らくフィルの場合とは違い、議長は丁寧に言葉を重ねて政策の正しさを語っただろう。

 こんなでも、叡力機工学の第一人者。

 飛んで火に入るなんとやらだ。

 議長の理想に、ティントがうっかり感化されたとは思わないけれど。

 彼は自分の選択を確かめるよう、微かに頷いて、続ける。


「砂海をね、この国から無くしたいって聞いた時、それは悪い話じゃないなって思ったんだ」


「……」

 

 ああ、やっと理解出来た。

 ティントはフィルをじっと見つめる。


「出来ないことじゃない。叡力学も砂獣研究も、この八年でずっと進歩した。GDUが、クラウンが協力してくれるなら、僕が死ぬまでに鉄路くらいは整備出来るんじゃないかなー?」


 砂海を完全に無くすことは無理でも、鉄路さえ通れば。

 そして、安堵したような柔らかい口調で、言う。


「そしたらさー、案内人は砂海を歩かなくても良くなるよねー」


「……だろうな」


「でしょー? 悪い話じゃ、ない」


 だから話に乗ったのか。

 ティントは、「でもねー」と首を振る。


「聞いたらさー、おじさんたちは凄い叡力兵器を作って、それで砂獣を殲滅して、なんて考えてるって言うんだもん。いやー、それに参加したら、流石に叩かれるなーと思ってさ」


「やっぱ、わかってたんじゃねぇか。ルニアさん、真っ青な顔して押しかけて来たけど? お前が叡力学会追放されるって」


「あー、だよね」


 ティントはこめかみに指を当てた。


「でも、僕が協力してもしなくても、あの人たち本気でやっちゃうつもりらしいし。それならさー、世のため人のため、僕が手を貸した方が被害が少なくて良いのかなって」


 悪いことばかりじゃないのは確かだしね、とティントは言う。

 実験段階であの様だ。

 ティントが、関わった方が良いのかも、と思うのも納得出来る。


「………」


「ねー、どう思う? フィーくん」


 ティントは人の良さそうな笑みを浮かべたまま、答えを求めてフィルの名を呼んだ。

 自分で、わかっているくせに。


「どうって? 自分で考えろよ」


「あー、酷い! 良いじゃんかー。お互いもう甘えられる人も、頼りに出来る人もいないんだから。フィーくん、案内人でしょ? 道に迷った親友くらい助けてよー」


「じゃ、金払えよ」


「世知辛いー」


 当たり前だ。

 フィルは部屋に散乱した本を眺めて、「好きなようにしろよ」と答える。

 ティントが自分の意志で研究しているのなら、フィルとしては別にどうでも良い。

 そうじゃないなら。

 その可能性があるから、ここまで来ただけだ。


「ただ、やるならちゃんとやれ」


 誰かの考えに乗るのではなく、自分の意志で、手で。

 そうやって、今までやって来たはずだ。

 ティントはするりとデスクから下りた。 

 鈍色の瞳が、見定めるように鋭く光る。


「本気でやっても良いの? 僕は、君から砂海を奪うって、言ってるんだよ?」


 フィルは、ティントの瞳を見返した。

 ね、フィーくん。

 ティントは静かに、問う。


「砂海案内人の終わりを、君に見せても良いの?」


 砂海を壊して、鉄路を。

 案内人はもう、必要ない。


 それが可能だと、ティントは思ったのだろう。

 けれど、中途半端に答えを出さなかった。

 彼としても、それなりに「整理」の時間が必要だったのだ。

 ただその時が来れば、いらない感傷を切り捨ててさっさと進んで行くだろう。

 フィルを待っていた訳ではない。


 良いの、なんて。

 

 最初から、許しを得るつもりもないくせに。

 その問いにも、答えにも、意味はない。

 彼が「出来る」と言うのならば、

 砂海は、いずれ終わる。


「それまで生きてたら、ちゃんと見届けてやるよ」


 出来るなら見せてみろ、とフィルは笑った。

 砂海で、もう人が死なない。

 それならば、きっと砂海案内人はその終焉を受け入れることが出来るだろう。

 少なくともフィルは、そう思う。

 ティントは短く、息を吸った。

 彼が視線を落とすと、癖毛が力なく跳ねる。


「…馬鹿だな、お前。ぐだぐだ悩むなら、もっと周りに迷惑かかんねぇ方法取れよ」


「馬鹿!? 叡力学会きっての天才捕まえて、馬鹿はないでしょー」


「威張んな。首ぎりぎりのくせに」


「あ、そうだったー」


 そうだった、じゃねぇよ。

 フィルは眼鏡を外して、デスクに置いた。

 視界が落ち着く。

 ティントの真意はわかった。

 これで一応、目的は果たしたが。


「………とりあえず二、三発は貰う覚悟しとけよ。ティント」


 リーゼとルニア。

 あの様子では、一人一発で済むか疑問だ。

 ティントはやっと後悔したように「ああー」と、一度叩かれた頭を手で庇った。

 






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