15、背中合わせの
「………わかんない?」
「うん。わかんない」
これは、一発殴った方が良いかもしれない。
ティントは流石に、「まあ、聞いてよー」と釈明する。
「ほら、君から漠角について通信があったじゃない? あの時さー、ここに来てたんだよねー」
ティントは、コーヒーらしきものを一気に仰いだ。
閃光弾の裏ワザを、論文にまとめてから。
ティントのもとには、方々から叡力兵器開発に携わってくれと依頼があったらしい。
いい加減、ウザったくて。
彼はあっさりと言いながら、空になったカップを押しやった紙束の上に載せた。
父親経由で政策への協力を求められ、これは一言言ってやろうと思い立ったらしい。
「でもちょっと調べたら、何かもう理論を勝手に転用してるみたいだったからさー、証拠掴んで出るとこ出てやろうかなって思ったんだ」
隠密活動ってやつ、とティントは何故か格好付けた。
何だそれ。
そしてすぐに、でも降参、と手を上げる。
「やー、フィーくんの通信に夢中になってたら見つかっちゃって。さっきの君みたいに、あのおじさんとじっくり話す羽目になっちゃったんだよー」
ティントが隠密。
そりゃ、見つかるわ。
恐らくフィルの場合とは違い、議長は丁寧に言葉を重ねて政策の正しさを語っただろう。
こんなでも、叡力機工学の第一人者。
飛んで火に入るなんとやらだ。
議長の理想に、ティントがうっかり感化されたとは思わないけれど。
彼は自分の選択を確かめるよう、微かに頷いて、続ける。
「砂海をね、この国から無くしたいって聞いた時、それは悪い話じゃないなって思ったんだ」
「……」
ああ、やっと理解出来た。
ティントはフィルをじっと見つめる。
「出来ないことじゃない。叡力学も砂獣研究も、この八年でずっと進歩した。GDUが、クラウンが協力してくれるなら、僕が死ぬまでに鉄路くらいは整備出来るんじゃないかなー?」
砂海を完全に無くすことは無理でも、鉄路さえ通れば。
そして、安堵したような柔らかい口調で、言う。
「そしたらさー、案内人は砂海を歩かなくても良くなるよねー」
「……だろうな」
「でしょー? 悪い話じゃ、ない」
だから話に乗ったのか。
ティントは、「でもねー」と首を振る。
「聞いたらさー、おじさんたちは凄い叡力兵器を作って、それで砂獣を殲滅して、なんて考えてるって言うんだもん。いやー、それに参加したら、流石に叩かれるなーと思ってさ」
「やっぱ、わかってたんじゃねぇか。ルニアさん、真っ青な顔して押しかけて来たけど? お前が叡力学会追放されるって」
「あー、だよね」
ティントはこめかみに指を当てた。
「でも、僕が協力してもしなくても、あの人たち本気でやっちゃうつもりらしいし。それならさー、世のため人のため、僕が手を貸した方が被害が少なくて良いのかなって」
悪いことばかりじゃないのは確かだしね、とティントは言う。
実験段階であの様だ。
ティントが、関わった方が良いのかも、と思うのも納得出来る。
「………」
「ねー、どう思う? フィーくん」
ティントは人の良さそうな笑みを浮かべたまま、答えを求めてフィルの名を呼んだ。
自分で、わかっているくせに。
「どうって? 自分で考えろよ」
「あー、酷い! 良いじゃんかー。お互いもう甘えられる人も、頼りに出来る人もいないんだから。フィーくん、案内人でしょ? 道に迷った親友くらい助けてよー」
「じゃ、金払えよ」
「世知辛いー」
当たり前だ。
フィルは部屋に散乱した本を眺めて、「好きなようにしろよ」と答える。
ティントが自分の意志で研究しているのなら、フィルとしては別にどうでも良い。
そうじゃないなら。
その可能性があるから、ここまで来ただけだ。
「ただ、やるならちゃんとやれ」
誰かの考えに乗るのではなく、自分の意志で、手で。
そうやって、今までやって来たはずだ。
ティントはするりとデスクから下りた。
鈍色の瞳が、見定めるように鋭く光る。
「本気でやっても良いの? 僕は、君から砂海を奪うって、言ってるんだよ?」
フィルは、ティントの瞳を見返した。
ね、フィーくん。
ティントは静かに、問う。
「砂海案内人の終わりを、君に見せても良いの?」
砂海を壊して、鉄路を。
案内人はもう、必要ない。
それが可能だと、ティントは思ったのだろう。
けれど、中途半端に答えを出さなかった。
彼としても、それなりに「整理」の時間が必要だったのだ。
ただその時が来れば、いらない感傷を切り捨ててさっさと進んで行くだろう。
フィルを待っていた訳ではない。
良いの、なんて。
最初から、許しを得るつもりもないくせに。
その問いにも、答えにも、意味はない。
彼が「出来る」と言うのならば、
砂海は、いずれ終わる。
「それまで生きてたら、ちゃんと見届けてやるよ」
出来るなら見せてみろ、とフィルは笑った。
砂海で、もう人が死なない。
それならば、きっと砂海案内人はその終焉を受け入れることが出来るだろう。
少なくともフィルは、そう思う。
ティントは短く、息を吸った。
彼が視線を落とすと、癖毛が力なく跳ねる。
「…馬鹿だな、お前。ぐだぐだ悩むなら、もっと周りに迷惑かかんねぇ方法取れよ」
「馬鹿!? 叡力学会きっての天才捕まえて、馬鹿はないでしょー」
「威張んな。首ぎりぎりのくせに」
「あ、そうだったー」
そうだった、じゃねぇよ。
フィルは眼鏡を外して、デスクに置いた。
視界が落ち着く。
ティントの真意はわかった。
これで一応、目的は果たしたが。
「………とりあえず二、三発は貰う覚悟しとけよ。ティント」
リーゼとルニア。
あの様子では、一人一発で済むか疑問だ。
ティントはやっと後悔したように「ああー」と、一度叩かれた頭を手で庇った。




