13、その狩りの裏表
「明日、どこか、行くんですか?」
リンレットが帰って、中断していた座学を再開してすぐ、リーゼがごく控えめに訊いた。
フィルは貰ったばかりのチケットをリーゼに見せた。
事情を説明すると、リーゼは眼を丸くしてそれから不安そうな顔になる。
「あの『迷子』を、獲物にして? それ、大丈夫なんですか?」
「んー。まあ、あのルレンさんが行けると判断したんだから大丈夫なんだろ。デザートカンパニーのタグ付きたちで相手するみたいだし」
「…………」
「せっかく貰ったし見に行かないか?」
「……え、一緒に、ですか?」
「二枚貰ったし。え、嫌?」
リーゼは勢い良く首を振って「嫌じゃないです!」と答える。
「嫌じゃ、ないですけど……。私、その、砂獣討伐のショーって好きになれなくて」
彼女は持っていた薄桃色のペンを手の中でくるりと回した。
狭いテーブルにはファイリングされた仕事の記録が広げられている。
昨日砂海に出たばかりだから、今日はイメージトレーニングだ。
「砂獣とはいえ、命に変わりはないですよね。それを捕獲して殺すのを見世物にするって、やっぱり……、変だと思います」
「うん」
「……砂獣を殺し過ぎるとまた悪いことが起こるんじゃないかって不安になりますし」
「…………」
「フィルさんは、あのショーとか見て楽しいんですか?」
フィルは右耳を押さえるようにして頬杖をつく。
「リーゼの言うことは尤もだ。だけどあれ、意外と必要なんだよな」
「……そうですか」
「ま、待て待て! そんな怒んなよー……。生き物が殺されるとこ見て楽しむって言ってるわけじゃないぞ」
リーゼはむすっとした顔で、「じゃあ何ですか」と投げやりに問い返す。
フィルは頬を掻いた。
「あー……、八年前、粛清の後に案内人への信頼が失墜したのは知ってるだろ?」
リーゼの瞳から、ふっと苛立ちが消えた。
彼女がまだ八歳の頃の話とは言え、恐らくは砂海科で詳細を学んではいるだろう。
「色々あったのに慣習とか言ってクラウンも出て来なくて、ユニオンが解体してからもバッシングが凄かったんだ。あの事件の原因がどこにあるとしても、『砂海のことなら案内人』って皆思ってたんだよな。だから尚更、何も出来なかった案内人を責めたかったんだろうけど」
「そんなこと、ないです!」
彼女は耳を打つような声を上げて、それを恥じるように俯く。
「何も出来なかったわけじゃ……、ないじゃないですか」
ぎゅうっとペンを握り締めて、リーゼは絞り出すように言った。
フィルは苦笑する。
そうだな、とは答えられなかった。
あの日、何も出来なかった。
それはあの日を経験したフィルが深く胸に刻んだ悔恨だ。
「……結局砂海開発も失敗に終わったわけだし、そのままユニオンの不評を新しく設立するGDUに引き摺りたくなかったんだろ。市議会が必死んなって案内人のイメージアップを図った。その代表例が、討伐ショーな」
あの悲劇の舞台で、案内人が砂獣を狩る。
皮肉と言うべきか、因果応報と言うべきか。
リーゼは視線を落として沈黙している。
「賛否はあるけど結局そのお陰で、案内業が続いているって面もあるんだ。これだけ強いんだから、案内人に砂海案内頼んでも大丈夫ですよーって情報発信してるようなもんだよ」
「……それは、わかっています。でも」
彼女は顔を上げずに、ようやくそれだけ言った。
その成り立ちは理解していても、納得は行かないのだろう。
ならばなおのことその裏事情を教えなければ、とフィルは言葉重ねる。
「あのショーが案内人の訓練とか怪我の後のリハビリとかに使われてることも知ってるか? 大怪我して案内人に復帰するのは無理って奴が、凪屋の広報部に入ることも結構ある。ショーの売り上げはGDUの取り決めで一部を必ず社会支援に回してるし」
「そう、なんですか?」
「そうなんです。それなりの砂獣を捕獲して使うって言っても戦闘には違いない。戦い方とか、実際に砂海で対峙した時にどうするとか考える資料になるし、そういう意味では『面白い』よ」
リーゼはゆっくりと頷いた。
納得しよう、という顔だ。
「まあ、俺も面白いとは思うけど通い詰めてまで見たいとは思わないし、実際してることは砂獣の嬲り殺しな訳だし……、無理に好きになれとは言わないさ」
「……はい」
凪屋の肩を持つわけではないが、全てを否定出来る話ではないことは解って欲しい。
あのルレンも、討伐ショーを嫌いだと豪語はしているが、決して必要性を否定してはいない。
「あの、私も見に行っていいですか? そういう背景があるのならちゃんと見ておきたいし、勉強になるなら尚のこと興味があります」
「ん、勿論構わないけど……。あんま無理しなくても」
「別に無理してません。娯楽としての討伐ショーが好きになれないだけで、生理的に受付けないわけじゃありませんから」
まあ、砂獣討伐が生理的に受け付けなかったら、案内人なんて出来ないか。
チケットは無駄にならずに済みそうだ。
二枚の内、一枚をリーゼに手渡すと、彼女はそれを素直に受け取った。
「ありがとうございます」
「おー、じゃ、続きやるかー」
「はい。お願いします」
リーゼは切り替え良く、テーブルの上のファイルを捲った。




