14、霞む真意
研究室に入って来たティントは、大層ご立腹だった。
咄嗟に弁解の言葉もない議長に、「出てけ」と一喝。
断わろうものなら、手近な分厚い本を手に襲いかかりそうな剣幕だ。
「…彼は、砂海再開発の価値をわかっていない。私は」
言いかけた議長の腕を掴んで、開けっぱなしの扉の向こうへと押しやった。
「君らもだよ」
外に控えていた護衛と、警備員が眼を丸くする。
これは人嫌いだと思われるわ。
ティントは思い切り、扉を閉めた。
だん、と強烈な音がする。
フィルは呆気に取られたまま、
「……研究者なら、本はもっと大事にしろ」
怒るのも忘れた。
ティントは枯色の髪を振り払う。
相変わらずの癖毛が、苛立ちのまま揺れた。
けれど真っ直ぐに向けられた鈍色の瞳は、すぐに懐っこく弧を描く。
「やー、やー! まさかフィーくんがこんなとこまで来るとは思わなかったよー」
ティントは白衣のポケットに手を突っ込んで、にこにこと微笑む。
そして議長とはまた違う、踊るような足つきで、窓辺に寄った。
「ま、誰か来るとしたらフィーくんだろうとは思ってたんだけどさー。あ、何か飲む?」
言いつつ、窓辺に飾ってあったティーポットを手に取った。
「飲めるもんなら、もらう」
「やだな。紅茶かコーヒーだよ」
ティントは、かぽ、と蓋を取って、中身を覗き込んだ。
少し、首を傾げる。
「……コーヒー?」
「何だ、その疑問符」
「えー、経ってても三日だよ? ……………確か」
ティントは何故かデスクの引き出しから、ティーカップを取り出す。
デスクに散乱した本や紙束をぐうっと奥へ押しやってカップを置くと、ポットを傾け中身を注ぐ。
色は、コーヒーだ。
「それにしても、大胆な変装して来たねー。もしかしなくても編集担当さんの入れ知恵?」
ティントは自分のカップを手に、ひょいとデスクに腰掛けた。
平気な顔で、コーヒーを飲む。
「あの子は一緒じゃないんだ? 私もーって言わなかったの?」
「言ったけど、却下された。どう考えても、目立つだろ」
「あー、そーかも。でも僕的にはフィーくんの変装の方が衝撃的だけどねー」
似合う、似合うーと棒読みで言って、ティントはけらけらと笑う。
誰のせいだ。
フィルはカップに口をつけた。
「…ごほッ!」
これは。
咽喉が断固拒否する不味さだ。
「でも、そこまでして来てくれるなんて、ちょっと感動かも。いやー、持つべきは親友だね、親友!」
「……っ、げほっ…」
「思えば長い付き合いだよね、僕ら。あの頃はさー、って聞いてる?」
それどころじゃないんですが。
咳き込み過ぎて、視界が滲んで来た。
「フィーくん、風邪?」
そこで、心底心配そうな顔。
フィルはすっと立ち上がって、ティントの頭を思い切り引っ叩いた。
ティントは慌ててカップを押さえ、それから打たれた頭を必死に撫でる。
「いたー。何すんのさ」
「こっちの、台詞だ」
「えっ、何で怒ってるの!?」
「はぁ? 思い当たるだろ、普通に。というか、思い当たれよ!」
諸々。
引っ叩かれるだけのことをしている自覚はあるはずだ。
ティントは、途端に、静まり返った。
フィルは一頻り咳き込んでから、ゆっくりと腰を下ろす。
頬杖をついて、ティントを見上げた。
「……んで討論は? 終わったわけ?」
「んー、途中でばっくれて来たー。どーせ皆、理解まではしてないしさー。フィーくんの方が大事に決まってるでしょ」
気が抜けたように、ふにゃりとティントは笑う。
「あんな資料で理解しろって? 無理難題突き付ける前に、理解されるもの書けよ」
「フィーくんが来るってわかってたら、もっと噛み砕いたメモつけたけどねー」
やる気ない。
もう溜息も出て来なかった。
「で、どういうつもりなんだよ?」
「フィーくんてば」
ティントは肩を竦めた。
「監禁されて、無理やり研究を手伝わされてる僕を、助けに来たんじゃないのー?」
「………殴って良い?」
「う、グレードアップしてる!」
当たり前だ。
ティントが、捕まって脅されて、「はい、わかりました」と研究をするような人間じゃないということくらい、嫌というほど知っている。
成果があると言うことは、彼は自分の意志でこの計画に携わっているのだろう。
誰にも連絡を入れず、散々に心配をかけて。
ティントはフィルから視線を逸らさず、けれど困ったように目尻を下げた。
「やー、僕にもちょっとわかんないんだよねー」




