11、蠢き出すもの
新しく出来たと言う第二叡力開発研究所は、外観から内装まで、周囲から浮いて見えるほど白かった。
所内には、討論会に参加する研究者がすでに集まっている。
何食わぬ顔で、彼らの後に続いた。
一応、リーゼに通信を入れておけば良かったな。
流れのまま辿り着いたのは、講堂だ。
その入り口で分厚い資料を手渡されて、フィルは思う。
あの子のことだから心配しているだろうが、ここまで来たら仕方がない。
愛想の欠片もない研究員に「どうぞ」と言われて、適当な席を探す。
五百人前後は入るだろう、大講堂。
壇上にはハの字にテーブルがセットされ、椅子がいくつか用意されている。
その中央に、何かの装置と叡力カートリッジに似たものが置かれていた。
銀色のフレームで補強された溶管の中に、赤みがかった紫の叡力が見える。
あれが、サンプルだろうか。
空いていたやや後ろの端に席を取ると、サナは資料を捲って目を擦った。
「……あー、やべぇ。何語だこれ」
フィルも一応周囲に倣って資料に目を通した。
グラフやら計算式やら、何かの設計図やら。
挙句、嫌味に感じられるほどびっしりと書き込まれたメモ。
これ、誰かにわかってもらおうと思って書いてないだろ。
それほど突き放した印象を受ける資料だ。
フィルたちの後から、次々講堂に入って来る研究者たちも、酷く難しい顔をして資料と対峙している。
フィルは早々に資料を諦めて、壇上に視線を移した。
少し離れた所から、研究者たちが装置を取り巻き、何か議論をしている。
フィリランセス極地再開発支援政策
どこか遠くで動いていたそれが今、目の前に迫っている。
講堂の席が埋まり、ぽつぽつと壁際で立ち見をする研究者が出始めた頃。
唐突に、ざわめきが消えた。
時間か。
サナが「アルカーナ議長」と、呟く。
隙のない動きの護衛を一人連れ、初老の男性が壇上へと上がった。
整えられた髪は真っ白だが、背筋も伸びていてなかなか体格が良い。
深く皺の刻まれた顔は、やや右側に引き攣っていた。
先入観か。
好々爺には、見えない。
彼は慣れた様子で軽く手を上げた。
研究者たちは静かに拍手を送る。
議長は満足げに頷いて、椅子に腰を下ろした。
次いで壇上に上がる人影。
彼だ。
「……何だ、割と平気そうじゃん」
フィルは思わず、零す。
腹が立ったのか、安堵したのか、良くわからない。
枯色の髪は少し乱れたまま。
ティントは特別挨拶もせずに、席に着く。
そのまま伸びをして、ふわ、と欠伸をした。
眠そうだが、いつもとあまり変わらない。
続いて、男性が二人、壇上の席に座る。
ティントと同じように白衣を纏っているところを見ると、研究者なのだろう。
それぞれ、軽く頭を垂れて挨拶をした。
フィルのすぐ前の席の男が、広げた資料から慌てて視線を上げた。
知り合いなのだろうか。
細い背をぴんと伸ばして、大きく拍手を送る。
『…お時間ですね。大変お待たせしました。それではこれより研究討論会を始めさせて頂きます』
壇上の一人が、マイクを手に開始を宣言する。
彼はちらと議長の方を窺って、『まずは議長さんから、一言』とマイクを譲った。
アルカーナ議長はそれを受け取ると立ち上がって、ゆっくり会場を見渡す。
『お集まり頂き、有難うございます。バッシュ・アルカーナです。この討論会は、我が国を代表する優秀な研究者である皆様の知恵を借りるため、開かれるものです』
あの議長さんはやり手だぜ、気ぃ付けろよ。
サナが隣で囁く。
『…―それでは、実り多き討論となるよう、お力をお貸し下さい』
朗々と語った議長に、一際大きな拍手が湧き起る。
ティントは、まるで興味のない様子で目を擦っていた。
では完全な掃討を想定して。
叡力兵器の最大出力は。
近隣都市への影響。
掃討作戦は、新たな誘導装置を。
怒涛のような討論だ。
サナも、流石にここまでとは思っていなかったらしい。
すげーな、と呆れたように言って、途中から手帳にメモを取るのも諦めたようだ。
それから完全に上の空。
これ、ティントと接触出来んのかな。
肝心の彼は叡力兵器の説明で、
「うん。まー、威力上げ過ぎた分、超不安定。フレームの強度が既製品の四倍以上必要なんだよね。簡易叡力分離システムを転用して、そこの試作品では、数値的には目標をクリアしてるんだけどさ」
と、一気にすらすらと言って、それっきり。
暇を持て余すように、ペンをくるくると回してみたり、ぐうっと手足を伸ばしてみたり。
何と言うか、つまらなそうだ。
『…掃討作戦はこれから具体的に話を詰めて行く予定です。けれどすでに、砂獣を効果的に誘導する装置が完成しています』
「では、その装置で砂獣を誘導して、一気に叡力兵器で、ということですか」
『ええ、はい。そうですね』
会場の研究者の質問に、壇上の男性が答える。
砂海に開発の手を伸ばすのならば、砂獣対策は必至だ。
その上、『粛清』の二の舞は、何としても避けなくてはならない。
質問も、随分と過熱して来たようだ。
鋭い問いが飛び交う。
『砂海での誘導実験では現在砂獣一種に限って、有効性を確認しています。音波をそれぞれ調節していけば、ほとんどの砂獣の誘導が可能になると考えています』
ホントかよ。
簡単に言ってくれるが、砂海にどれだけの砂獣がいると思っているのだろう。
音波をそれぞれ調節するなど、途方もない話だ。
フィルは短く息を吐いて、ふと記憶を辿る。
大体、そんな実験があったことなど聞いていない。
砂海での誘導実験。
GDUが案内人に通達しないとは、到底考えられない。
それなら。
「………あ」
「んあ、どーした? にいさん」
サナが眠そうに眼を瞬いた。
『こちらの実験については、別途資料を用意しています』
「はい」
すっと、フィルの前の席の男性が立ち上がる。
先程、大きな拍手を送っていた男だ。
資料らしき紙の束を持ったまま、彼は緊張で上ずった声で、けれど誇らしげに言った。
「それでは、西ランス港での漠角誘導実験についての資料をお配りします。お手数ですが、列ごと横の方にお回し下さい」
彼はすぐ隣に資料の束を渡し、背後を、フィルを振り返る。
流石に、どうしようもない。
目が合った。




