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ロストクラウン  作者: 柿の木
第六章
135/175

10、そこに辿りつくまで




「おばちゃーん、Aセット二つー!」


 調理場を覗き込んで、彼はひらひらと手を振った。

 機関付属の食堂。

 デザートカンパニーのそれより、少し狭いだろうか。

 まだ完全に昼時ではないため人影は疎らだが、整然と並ぶテーブルはかなりの数だ。

 微かに、談笑が響く。

 誰かが「監禁」されているとは、到底思えない平和さだ。


「…サナさん」


「あ? いーって、奢ってやるよ」


「御馳走になります。じゃなくて、もう少し声」


 サナはだらっと羽織った白衣を翻して、フィルを振り返った。


「にいさん、こういうのはな、こそこそすんのが一番目に留まんだよ。ほれ、のんびり飯食いながら情報収集。鉄板だろ?」

 


 いざって時の囮役だと思ってくれて良いからよ。

 

 アースト社の倉庫で拝み倒されて、結局サナの同行を認めた。

 ルニアもリーゼも、まあそういうことになるだろうと予想していたのだろう。

 判断はフィルに任せると丸投げ。

 サナにしてみれば、追っていたスクープの最前線だ。

 ついて行かないなんて選択肢は、最初からなかったのだろう。

 囮役になる覚悟までしているのなら、断わる理由も思いつかなかった。


「いやー、でもよ、搬入口出たとこで職員とかち合った時はビビったな」

 

 サナは気にもせず、際どい話を振る。

 まあ確かに、とフィルも思わず頷く。

 潜り込んだ木箱を研究機関まで運んでもらったのは、良かった。

 人気がなくなるのを見計らって、ばたばたと木箱から出て。

 積まれた荷物の間をすり抜けた先、丁度搬入口を出たところで、ばったり。

 駄目じゃん、と思ったが、開き直って、「お疲れ様でーす」と素通りした。

 ちょっと、と引きとめられなかったのは、やはり白衣の効果か。

 職員は少しばかり怪訝そうな表情をして、けれど「お疲れ様です」と答えてフィルたちを見逃してくれた。

 トラブルはそれくらいで、呆気なく食堂まで来れたが。

 何と言うか、疲れた。

 フィルは、頼んだ昼食を生き生きと受け取るサナの背後で、息を吐く。


「……うっし、あそこだな」


 サナはぐるりと食堂を見渡して、言った。

 くい、と顎で示した席では、青年が資料のようなものを見ながら一人で昼食を取っている。

 サナはさっさとそこに近付き、一つだけ席を空けて、青年の隣に陣取った。

 何の、躊躇もない。

 フィルは少し遅れて、サナの正面に座った。

 一瞬、青年が紙面から視線を上げる。

 彼の右手が紙を捲った。

 

 『人喰い』は、種としては存在しない


 読めたのは、その一文だけ。

 唐突に、サナが「あーあ」と声を出す。


「ここんとこの忙しさはヤバいよな。そっちはどうよ? ちゃんとやってんのか?」


「は? …………ま、ぼちぼちですかね。あんま、進展もないですし」


 サナは疲れた顔を作ったまま、フィルの返答に眼だけで笑う。

 出来れば一芝居の前に言って欲しかったけど。


「な、討論って、どうなってんだっけ?」


 冷や冷やするほど、直接的だ。

 サナはテーブルに肘をついて、手にしたフォークをぶらぶらと揺らした。


「気になんねぇ? 聴きに行くかー」


「良いですけど…。どこでやるんでしたっけ?」


「あー」


 サナは、隣の青年の顔を覗き込んだ。

 その所作だけは、フィルが見ていても極自然だった。

 青年もすっと視線を上げる。


「すんません。どこで討論やるかさー、知ってる?」


「…討論って、例のですよね? 第二叡力開発研究所ですよ。ほら、図書館の隣に新しく出来た」


「お、あそこかー」


「……ありがとうございます」


 フィルが礼を言うと、彼は首を振って、


「いえ、でも、本当に聴きに行くんですか?」


 と、声を落とした。

 開いていた資料を閉じて、一瞬辺りを見る。


「聴きに行かないんですか?」


「まさか。自分は砂獣研究専門ですが、わざわざ叡力学会を敵に回したいとは思いませんね。それに」


 彼はさっと資料を片付けながら、腰を浮かせた。

 纏められた紙束の表題は、「『人喰い』の系譜」。

 論文、だろうか。


「あまり良い噂…、聞かないじゃないですか」


 サナは、ちらとフィルを見た。

 青年は気付かず、続ける。


「…今回のディナルさんの研究は、正直彼らしくないですよ」


「………」


「今までの彼の研究が素晴らしかっただけに、残念ですよね」


「そう、ですね」


 同意を求められて、フィルは曖昧に返答した。

 あーあ、大変なことになってるけど。ティントさん?

 青年も純粋な研究者なのだろう。

 ティントを責めると言うよりは、ただ納得が行かない、そういう表情をしている。


「もう成果も出てるって言ってますけど、どうなんだか」


 成果。

 それは独り言にも聞こえたが、思わず訊き返す。


「成果、出てるんですか?」


「知らないんですか? ディナルさん、もう叡力兵器の適応出力を割り出して、サンプルも完成させたって」


「…………」


「ま、そういうのも含めて気になってさー。冷やかしってとこかな」


 ふわりとサナがまとめる。

 青年も、「ああ」と頷いた。

 そういうことならわかります、と微かに笑う。


「実験に関わってる人たち、ぴりぴりしてますから。冷やかしってバレないよう、お気を付けて」


 彼は紙束を小脇に挟んで昼食のトレイを持ち上げると、軽く頭を下げた。

 そのまま、サナの後ろを通って食堂から出て行く。

 サナは彼を見送ってから、


「第二叡力開発研究所っと。ほれ、にいさん。オレ、連れて来て正解だったろ?」


 と、胸を張る。


「…詐欺っぽいですね。サナさんがあちこちでやらかすの、非常に理解出来ました」


「……褒めてる? 褒めてんだよな?」


 褒めてます、と頷いて、フィルは右耳を押さえて肘をついた。

 冷たいタグの感触は、もちろんない。

 これ食ったら第二叡力開発研究所を探さねーとな、と昼食を掻き込むサナをぼんやり眺める。


「にいさーん? 何か元気ねぇじゃんか」


「…いえ。大丈夫です」


 フィルは深く息を吸って、答えた。

 





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