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ロストクラウン  作者: 柿の木
第六章
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9、掛かり合い




 それも若さだろうか。


「アルフくんに、頼みましょう」


 何の躊躇いもなく、リーゼは提案した。

 そう。

 アースト社の跡取り、アルフ・アーストに通信を入れ、潜入作戦に協力してもらおうと言うのだから、我が弟子ながら恐れ入る。

 けれど、これほど確実なことはない。

 何も誰かさんのように暗殺のため潜入する訳ではないし、ましてリーゼはティントの「妹」。

 「兄」の真意を確かめたいというのも、決して嘘ではない。

 貸して下さいと言われ、フィルは外していた携帯通信端末をリーゼに渡した。

 首都とガーデニア間の通信。

 こんなことに役立つとは。

 リーゼはさっさと通信を入れ、応答したアルフと話し込む。


「…凄ぇな、オイ。ディナル博士だけじゃなくて、アースト社の跡取りとも知り合いなんかよ」


「ええ、流石に、私も驚きました。けれど、これで光明が見えましたね」


 サナとルニアは呆気に取られながら、顔を見合わせた。

 潜入と脱出の経路が確保出来れば、ティントを連れ出すこともただの無謀な話ではなくなる。


「……はい。開発部の部長さんですね」


 リーゼが、ゆっくりと息を吐いた。


「……………うん、うん。本当に、ありがとうございます。何かあっても、アルフくんのお家にはなるべく、迷惑がかからないようにするから」


 リーゼはもう一度、アルフに礼を言うと通信を終わらせる。

 そっと外した携帯通信端末を、フィルに返して、頷いた。


「開発部の部長さんに、話をつけてくれるそうです。行きましょう」


「随分あっさり了解してくれたな」


 真面目そうな子だったが、そこは同期の、いや、リーゼの頼みだからだろう。

 微笑ましい。


「何言ってるんですか? フィルさん」


 リーゼは呆れた顔をする。


「アルフくん、何より恩人のためなら、って言ってましたよ」


 恩人。


「アルフくん助けたの、もう忘れちゃったんですか?」


 磁気酔いでルートを外れた彼を、砂狼の群れから助けた。

 良くある話だ。


「え、いや、覚えてっけど。あれで、『恩人』?」


「あれで、って」


 リーゼはぱちりと瞬いて、溜息を吐く。

 そして、ふっと視線を落とした。


「…フィルさんにとっては大したことじゃなくても、助けてもらった方は、ずっと憶えてるんです。そういう、ものです」


 彼女は自分の携帯通信端末をつけ直して、そのイヤホンを押さえる。

 凛と向けられる瞳は、いつもと同じ、綺麗な金色だ。


「…私だったら、絶対、一生、忘れません」


 ルニアとサナが何故か責めるような目をする。

 いや、別に悪いことしたわけじゃないし。

 アースト社トラムで一駅です、とリーゼは特に怒っている気配もなく補足して、


「アルフくんも巻き込んだんです。絶対、あの人を連れて帰りましょうね」


 白衣の上から、強くフィルの手首を掴んだ。





 アースト社、と言えば、大抵の案内人は頭が上がらない。

 砂獣相手の武具製造に関しては、国内トップ。

 大きい会社だけあって手広く砂獣対応の商品を手掛けているが、特に刀剣のラインナップが豊富で、案内人から絶大な人気を得ている。

 トラムを降りると、すぐ眼前に開かれた門扉が見えた。

 どことなく首都の駅舎に似た外観は、それが工房も兼ねていることを忘れさせる古風で落ち着いた佇まいだ。

 入口の回転扉を抜けると、すぐショールーム。

 室内に、製品がずらりと並んでいる。

 こういう状況でなければ、ちょっと品物を見て行きたいくらいだ。

 ぞろぞろと入って来た関係性不明の一団に、店員たちは一瞬だけ不審そうな視線を向け、けれどすぐに人当たりの良い笑みを浮かべて頭を垂れた。


「いらっしゃいませ。何か、お探しですか?」


 強引過ぎない距離でそう問う。


「えと、開発部長さんって」


「は!? もう来た? 坊っちゃーん、勘弁して下さいよー」


 フィルが言い切る前に、スタッフ専用の扉から線の細い男が飛び出して来る。

 捲し立てるような早口は、その割に押しの弱そうな響きを含んでいた。

 視線はフィルたちに向けたまま、彼は耳に当てた小型の電話に「考え直しませんー?」と囁く。


「あ、通しちゃって通しちゃって」


 他の客に手で「ごめんなさい」と軽く謝って、彼はその手でフィルたちを招く。

 店員に「どうぞ」と言われ、勢いに飲まれたまま開発部長が開け放った扉の中へと進んだ。


「坊っちゃん、もう一回だけ訊きますけど…、本気なんですね? 何かあったら私の首だけじゃ責任取れませんよー。ええ、そりゃあ、私だって愛する妻と生まれたばかりの可愛い息子抱えてますから、職を失うなんて勘弁ですけどね」


 ちら、と彼はこちらを見る。

 扉をきちんと閉めてから、廊下の奥へと進むよう手で合図した。

 従業員用の裏通路だが、涼しい風が通っている。


「………ええ、はい、はい。そりゃあ、そうかもしれませんけどねー。あそことは製品開発で提携してますし、あんまり敵に回したくはないんですがね。バレたらアースト社の信頼は地の底ですよ? というか、坊っちゃん、騙されてたりしませんよね? 本当にこの人たちが命の恩人なんですか?」


 電話の相手は間違いなくアルフだろう。

 こちらも即アースト社に押しかけてしまったし、説得している最中と言ったところか。

 長い廊下の途中で、開発部長はフィルたちを追い越して、扉を一つ開けてそこに入るよう促す。


「………ああ、もう、わかりましたよー。何かあっても、私は知りませんからね。坊ちゃんに正式に依頼されたと正直に言いますからね?」


 自棄気味に言い連ねて、彼はようやく電話を切った。

 通された部屋は、社内の備品を収めた広い倉庫だ。

 窓はないが、白っぽい照明が倉庫を隅々まで照らしている。


「あの、私たち…」


 ルニアの言葉を、彼は奇声を上げて遮った。


「いえ、詳細は訊きません! 何事か知りませんが、深入りして巻き込まれるのは正直御免です」


「御尤もですね」


 すでに巻き込まれてると思うけれど。

 フィルが頷くと、彼はやや落ち着きを取り戻して、「それじゃあ」と倉庫の奥から組立式の木箱を運んで来る。

 作業台を乱暴に押しやって、それを床に置いた。


「この中に入って下さい。良いですかー? 何かあっても私は責任取りません。まかり間違っても、アースト社(うち)の名前を出さないで下さいよー」


 指を突きつけられて、フィルは「はい」と即答する。

 気が弱そうに見えたが、そこは大企業の開発部部長。

 フィルの返答に一つ頷いてから、


「通信手段は持っているんですよね?」


 と、てきぱきと問う。

 フィルは外した携帯通信端末を見せた。


「了解。では、脱出のタイミングで連絡を。ちゃんと箱に入っていれば、運び出してあげます。もし騒ぎになっていたら、勿論、迎えには行きません。覚悟しておいて下さいねー」


「………感謝します」


 いい迷惑だろうが、こちらも一応彼の人生が懸かっている。

 利用されてあげると言ってくれるのだから、遠慮なくお言葉に甘えるべきだろう。

 リーゼが何か言いかけて、結局何も言わずに困ったように眉を下げて微笑んだ。

 心配なのだろうか。

 彼女の手が、フィルの小指をそっと握る。

 ルニアが「ラーティアさん」と控え目に声をかけたタイミングで、すっとリーゼは手を離した。


「…どうか、お願いします」


 ルニアは頭を下げた。

 震えそうだった語尾を、強く言葉を発して支える。

 この人にとっても、きっとティント・ディナルという人間は必要なのだろう。

 大丈夫だと、約束は出来ないけれど。


「了解。先に一発殴っとく」

 

 フィルの返事に、ルニアはきょとんとして。

 それから、ふっと表情を緩めた。


「……ありがとうございます」

 

 本当に、あいつに関わると碌なことない。

 まあそんなことは、出会った瞬間からわかってはいたのだけれど。

 







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