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ロストクラウン  作者: 柿の木
第六章
133/175

8、墻壁を越えて




 旧市街から、研究機関のある教育区画まではトラムで三十分程度。

 街路樹の木陰が涼しげなこの地区には、首都の教育、研究関係の施設が集まっている。

 狙いの研究機関は、「○○高度研究棟」やら「開発科××実験棟」やら、最早区別の付かない名称の建物が乱立する一帯を指すらしい。

 一見公園に見えるそこは、敷地がぐるりと高い柵で囲われており、目隠しのために植えられた木々の合間から警備員が巡回しているのが窺えた。

 正門と思しき門扉は開かれているが、こちらは見るからに屈強な守衛が出入りを管理している。

 荷運び用のカートを押した男性が、身分証を提示し手続きをして入って行く。

 その正門を通り過ぎて、ルニアは立ち止まった。


「だから言ったろ? 警戒が半端じゃねぇって」


 勝ち誇ったように、サナが言った。


「…………」


「これは、流石にそれでも入れないかもですね」


「だな」


 切り札の変装も、敷地に入れなければまず意味がない。

 ずり落ちそうな眼鏡を押さえると、リーゼは笑い損ねたような変な表情をする。

 はいはい、笑ってくれて良いんですよ。


「いえ…、ラーティアさん」


 ルニアがぱっとフィルを見た。

 至極真剣に柵を指差して、「さあ」と促す。

 意味がわからない。


「行けますよね? ひょいって」


 この人、実は天然だったりするのだろうか。

 フィルは柵を見上げて、首を傾げた。


「…え、ここから潜入すんの?」


「登れませんか?」


「登れっけど、これ、帰りは」


 どうすんだ、と言いかけ、言葉を区切る。

 猫を抱いた老婦人が、のんびりと脇を通り過ぎる。

 怪しい集団だと思われただろうが、リーゼが「わ、可愛いですね」と猫を褒めたお陰か。

 老婦人はにこにこして、去って行く。


「人目、あり過ぎだろ。ちょっと冷静になった方が良い」


「オレも反対だぜ。ここで見つかったら全部おじゃんだ」


 サナにまで首を振られて、ルニアは眉を顰めた。


「……正論ですが、ジークさん。あわよくばついて行きたいから、反対してません?」

 

 ついて行けない潜入経路は止めて欲しい、というのがほぼ本音だろう。

 サナは白々しく、真面目な表情を作った。


「ただでさえ、情報が少ねえんだ。せめて、潜入と脱出の手筈は整えねえと。いくらにいさんが荒事慣れてても、即御用だぜ?」


 捕まったら、レイグ辺りが頭を抱えそうだ。

 前科二犯とは最早笑い話にもならない。

 フィルの苦笑をどう受け取ったのか、リーゼが心配そうな顔になる。


「捕まったら、どうなります?」


「さぁ、状況によるけど、楽しいことにはなんねぇだろうな」


「……認可取り消しとか、ないですよね?」


 それ以上とか、普通にありそうだけど。

 けれど何となく、言い難い。


「そしたら野良にでもなっかな」


 誤魔化してフィルが笑うと、リーゼは逡巡して、


「それもありですね。ウェルトットに案内所移しちゃいます?」


 と、満更でもない表情で頷く。


「私、あそこ、結構好きですし」


「……それは何より」


 って、一緒に来るつもりしてる?

 

「でもよ、帰りはディナル博士も一緒なんだろ!?」


「声が大きいです!」


 ルニアが肘でサナの腹を素早く突いた。

 放っておいたら、潜入前に見つかりそうだ。

 リーゼの問題発言は置いておいて、ルニアとサナの間に割って入る。

 ルニアは苛立ったように、乱暴に息を吐いた。


「時間がないのはジークさんだってわかっているでしょう。それとも、何か良い案でもあるんですか?」


 あるなら、とっくに提案しているだろう。

 サナは「う」と言葉に詰まる。


「…多少のリスクは承知の上です。それでも」


 言いかけたルニアに、フィルは沈黙を促す。

 からからと音がして、リーゼが正門を振り返った。

 先程、敷地内に入って行った男性が、違う荷をカートに積んで歩いて来る。

 彼は接客慣れした雰囲気でフィルたちに軽く頭を下げ、すれ違った。


「荷物。…………あれですよ!」


 リーゼが、ぱんと手を打った。

 そのまま男性の背を指差して、「フィルさんっ」と瞳を輝かせる。


「アースト社です!」






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