6、合流
「いや、散々だぜ。馬鹿に絡まれるわ、連れには逃げられるわ」
男前が台無しだ、とサナは鼻の辺りを気にしながらぼやいた。
何事もなかったかのように通された部屋は、昼間だと言うに薄暗い。
ルニアが立て付けの悪い窓を、がたがた言わせながら開けた。
生温い風が僅かに吹き込んで来る。
「取材ですか?」
「ん、おう。なんたって例の会見があるからな」
「……ガーデニアニュース、お金ないんですね」
もっと早く情報を掴んでいただろうに、まさか天下のガーデニアニュース記者が旧市街に宿を取るとは。
憐みの視線を送るフィルとリーゼに、サナは慌てて首を振った。
「違うっての! メインの取材班はちゃんと良いとこに泊まってるって。オレは別の視点で取材したくてな。社会部から一人引っ張って来て、首都まで来たんだけどよ」
あの騒動で、その連れはさっさと逃げてしまったらしい。
どうせ仲間んとこ行っちまったんだろ、と遠い目をする。
「ま、オレのことは良いだろ。にいさんたちこそ、んなとこまでどうしたよ? 砂海とは正反対じゃねぇか」
一応互いに挨拶は済ませているが、ルニアは壁際で黙り込んだまま。
ここまで好印象もあるはずがなく、この人胡散臭い、と顔に書いてある。
フィルは彼女を窺いつつ、「ちょっと色々」と適当に答えた。
その一言に、サナは「んー?」と首を捻る。
「何か訳ありじゃねえか! 一緒に砂海を歩いた仲だろ? 聞かせろって」
「だからこそ尚更信頼出来ないと言うか…」
リーゼがウェルトットでの一件を思い返すように、しみじみと首を振る。
記者の勘なのか、サナは「誰にも言わねぇからさぁ」と拝むように手を合わせた。
「それに事情があるなら、記者と情報交換ってのも悪くはねぇんじゃねーか?」
一理ある。
ルニアもようやく口を開いた。
「では、その前に。ジークさん、でしたか。貴方の取材について聞かせて下さい」
「あ? あー、いや、オレの取材は別に大したことじゃねーって」
「………そうですか。では、お話はここまでですね」
「ぐ、にいさん、また手強いねーちゃん連れてるじゃねえの」
「先に情報『交換』つったの、サナさんでしょ」
自業自得だ。
リーゼにまで頷かれて、サナは手を上げた。
「わーったよ。降参だ。良いか、オレの取材は社内でも超極秘任務なんだ。うっかり外に漏らすなよ?」
「…サナさん、出来ない子だと思っていたんですが、違ったんですね」
「おじょうさん、水差すの禁止」
サナはこほんと咳払いをして、声を顰めた。
自然と、フィルたちは顔を寄せる。
「…実はな、議長の政策に協力してるっつうディナル博士が、本当は、首都の研究機関に監禁されてんじゃねえかって噂があってな」
「……………」
「……………」
「……………」
その沈黙を疑惑と取ったのか、サナは慌てて、
「言っとくがそれなりの筋からの情報だぜ? そもそも協力してるって話だけで、本人は公の場に一切出て来ねえ。博士は叡力機工学の第一人者だぞ? やるってんなら、こそこそする必要なんてないだろ」
大体これまで兵器の開発に関わってねぇのに変なんだよ、とサナは力説する。
ルニアはフィルを見て、頷いた。
「…決まりですね」
「は? 何だっての」
思っていた反応と違うのだろう。
サナは酷く戸惑った様子で問う。
「実は、俺たちもティントの件で来てるんです」
「あ?」
ルニアが簡単に事情を説明すると、サナは自然と表情を引き締めた。
「…じゃ、ディナル博士を助け出すつもりでってことだな。んで、何で、にいさんたちと?」
不思議そうなサナに、ルニアはきょとんとして「知らないんですか?」とリーゼに視線を向けた。
「彼女は、ディナルさんの妹さんですよ」
「は?」
リーゼが頷くと、サナはぽかんとしたまま、
「嘘だろ? え、じゃあ、うちの連中が話聞きに行った『血の繋がらない妹』っての」
「はい。ちょっと複雑な関係ですけど、一応、居候もさせてもらっていましたし、仲は悪くないと思います」
リーゼの言葉が終わらないうちに、サナは変な呻き声を上げて、がばっと頭を下げた。
「うわ、すまん、おじょうさん! オレら、記事のためならどんなことでもってとこあるからな…、嫌な思いしたろ」
「いえ…。ガーデニアニュースの方々は、まだ。追いかけ回されたりは、しませんでしたし」
幾分か柔らかい口調で、リーゼが答える。
多々トラブルを呼び込む質だが、こういうところが憎めない人だ。
まだ頭を抱えるサナに、ルニアは少し戸惑ったように続ける。
「…ラーティアさんも、ディナルさんのご友人です。そのご縁で、協力をお願いしたんです」
さっき鼻血を出したばかりだと言うのに、サナは今度はばっと顔を上げた。
んなの聞いてねぇよ、と何故かフィルを責める。
うん、だって言ってねぇし。
「友人って、博士は相当な人嫌いって話じゃねえか!」
「人嫌い? ティントが?」
「違うのかよ? 人の名まえは絶対覚えねぇんだろ?」
ルニアが困ったように頬に手をやって、「覚えませんね」と呟く。
「いや、嫌いだからとかじゃなくて、頭の容量限られてるからだと。一分野に特化し過ぎて、若干言葉に不自由してる感あるし」
「………にいさん、ディナル博士の頭の容量とか言っちまうー?」
サナは変なところで感心して、「こりゃ、本物のご友人だな」と頷いた。
「そうですね。ディナルさんも、友人はラーティアさんだけで充分だって言っていましたし」
ルニアの何気ない補足に、フィルは思わず呻く。
ほらみろ、やっぱ不自由してんじゃねぇか。
「……あ、何だ? 要は、ちょっとヤバい友だちってやつ?」
「なるほど、そうかもしれません。新しいですね」
サナとルニアが、ああ、みたいな顔をする。
「違います」
「そうですよ。違います、よね?」
「……リーゼ、もっと自信持って同意してくれて良いんだけど」
「いや! マジだったら、なかなかのスクープだぜ? そこんとこ、ちょっと詳しく」
フィルが無言でサナを睨むと、彼は大人しく「あ、了解」と頷いた。




