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ロストクラウン  作者: 柿の木
第六章
130/175

5、王都の影




 大きい駅だったとは思ったが、果たしてこれほどだっただろうか。

 迎賓館を思わせる豪奢な駅舎は、フィリランセス中央鉄道の始点。

 早朝の混雑は、門の出発ラッシュ以上だ。

 到着したホームから駅を出るまでが、すでに大冒険レベル。

 幸いにもリーゼとルニアは慣れた様子で、駅の出口まで案内してくれた。


 首都、センティア。


 ガーデニアの倍以上はある広大な都市は、その中央区画に王城を戴くフィリランセスで最も歴史のある街だ。

 駅から真っ直ぐに続く広い道にはトラムが悠々と行き交い、通りの石畳は茶褐色と灰色を取り混ぜて模様を描き出している。

 フロート間より狭い間隔で植えられた街路樹は、夏を謳歌するように濃い緑。

 太い枝に括りつけられた街灯を見上げて、フィルは落ち着かない気分になる。 


「んなとこだったっけ? 首都って」


「はい。こんな感じですけど」


 リーゼは少し前まで首都の砂海科にいたのだから、違和感があるはずもないか。

 通行人の幾人かが、ちらと視線を寄越す。

 案内人が珍しいというよりは、駅を出たところで立ち止まっている三人組に一瞬目をやっただけのようだ。

 正直、御上りさん感は否めない。

 リーゼは生憎の曇天すら愛おしそうに見上げて、はしゃぐ。


「来たことは、あるんですか?」


「あることはあるけど」


 首都は、根本的に縁がない。

 師匠に連れられて、或いはティントに誘われて、何度か来たことがあるくらいだ。


「じゃあ、首都(ここ)の案内は任せて下さいね」


 ぐっと握り拳を作って、リーゼが頷く。

 立場が逆転したのが楽しいのだろう。

 あっちが王城方面で、あっちが教育区画、と指して教えてくれる。


「おー、流石砂海科一期生。詳しいじゃん」


 フィルが褒めると、リーゼは嬉しそうに、にこっと笑った。


「和んでいるところ申し訳ありませんが、そろそろ」


 さくっと割って入ったルニアが、トラムの停車場を指差した。

 ガーデニアの入り組んだ街並みを走るトラムとは違い、幾つも車両が繋がった大きなトラムだ。

 飲み食いして、必要なことは何もかも話してしまったルニアは、案内所に来た時より落ち着いた表情で、


「旧市街のホテルまで行きましょう。そこで、計画についてお話します」


 そう言って、荷物を抱え停車場へと歩き出す。


「旧市街つった?」


「言いましたよね?」


 フィルとリーゼは互いに確認して、ルニアの背を視線で追った。

 そこは、案内されなくてもわかる。

 首都の旧市街と言えば、そういう方々が集まる大都市の吹き溜り。

 特にその市場は、安い日用品や食品を扱う一方、後ろ暗い取引の現場としても有名だ。

 リーゼが何とも言えない表情をする。

 ルニアは少し先で振り返ると、理解しているのかいないのか、平気な顔で「仕方ありませんよ」と言う。


「例の会見のせいで、首都の宿泊施設はどこも一杯なんです。辛うじて旧市街のホテルが空いていたので、急いで部屋を確保したんですから」


「そーですか」


 フィルは額を軽く押さえた。


「…何だか、砂海に出るより刺激的な展開になって来ましたね」


 ルニアは、話し込むフィルとリーゼを怪訝そうに見遣って、「ほら、トラム来ますよ」と容赦なく急かした。




 旧市街のホテルは、「ホテル」というよりやはり案内人の宿泊所に近かった。

 ガーデニアの旧区やウェルトットに似た、狭く入り組んだ路地。

 その路地の隅、一階に酒場を構えたちょっと雨漏りしそうな建物だ。

 しかも、中から剣呑な言い合いが微かに聞こえて来る。

 部屋を確保した本人も、一瞬、両開きの木戸の前で躊躇した。


「ここです」


 流石のリーゼも、「…ここ、ですか」と眉を顰めた。

 公安呼ぶぞ、とか聞こえますが。


「入りましょう」


「…ま、一旦時間置いて」


 え、入るって言った?

 ルニアは、ぱっと扉を開ける。


 それは、ほぼ同時の出来事だった。

 踏み込んだルニアが、びくりと跳ねた。

 慌てて彼女を追ったリーゼが、その背に頭をぶつける。

 グラスが割れる音と、テーブルや椅子が派手に倒れる音。

 床で悶える男は、鼻の辺りを手で押さえて呻いた。


「何だよ、口先だけかぁ? オッサン!」


 彼を殴った男が、仲間数人とげらげら笑い出す。

 店の関係者らしき中年の男は、カウンターの向こうで興味なさそうに酒を飲んでいる。

 絶賛、お取り込み中だ。

 凍りついていたルニアが、我に返って殴られた男を助け起こした。

 手を貸そうと駆け寄ったリーゼが、途中で、止まる。


「………サナさん?」


 上体を起こした彼は、鼻を押さえたままリーゼを指差して目を丸くする。

 焦げ茶色の乱れた髪、少々草臥れた雰囲気の彼は、間違いなく。


「おじょうざんに、にいざんじゃねえが!」


 サナは、ずず、と鼻を啜った。


「お知り合いですか…?」


「一応な」


 フィルはサナに近寄ると、少し下を向かせて鼻を押さえた。

 幸い骨は折れていないが、鼻血が顎を伝って床に落ちる。


「あーあ、何やってんですか」


「…うう、ずまん」


 乱入者に鼻白んでいた男たちが、忍び笑う。


「何、アンタら、こいつの知り合い? オレさぁ、こいつにぶつかって肩ケガしちゃってさぁ。治療費、払ってくんね?」


 さっき元気に振り回していたように見えた右肩を擦って、彼はにやにやと笑う。


「…何だ、サナさんが無茶な取材したのかと思ったけど。違ったんですね」


「こんがいはな」


 サナはへにゃと表情を崩す。

 それにしても古典的な当たり屋に引っかかったものだ。


「なあ、聞いてんのかよッ!」


 酷く高圧的な態度で男は怒鳴り、手近な椅子を蹴り飛ばした。

 ルニアが身を竦ませ、リーゼが射るように彼らを睨む。

 サナが二人を庇うように、片手を広げた。


「ごいつらは関係ないだろ」


 何が可笑しいのか、男たちは手を叩いて笑った。

 仲間の一人がサナの声真似をすると、手が付けられない盛り上がりになる。


「………っ」


「リーゼ」


 顔に似合わず大胆な弟子が飛び出して行く前に、名まえを呼んだ。

 彼女はさっとフィルを見上げて、渋々身体を引く。

 全く、勇まし過ぎるのも考えものだ。


「んで? 払ってくれんだよなぁ?」


 だらだらと近寄って来る彼らは、それなりに臨戦態勢を取った。

 けれど砂海で遭遇するような野良崩れと違い、完全に素人丸出しだ。

 僅かに覚えた罪悪感に、フィルは首を捻る。

 何故、完全に制圧する気でいるのだろう。

 適当にこの場をやり過ごすことも、決して難しくはないのに。


「おーい、お前ら」


 緊張感を削ぐ呑気な声に、男たちはだるそうにカウンターを振り返った。

 興味なさそうに酒を飲んでいた店員が、グラスを持った手でフィルを指す。


「その兄さんさー、砂海案内人だぞー」


 一応、タグを見ろと言う忠告なのだろう。

 空いている手で、自分の耳の辺りをひらひらと払って彼はにやりと笑う。

 彼らは店員を見て、それからフィルに向き直った。


「砂海案内人?」


 すっと覇気の消えた声で、問われる。


「砂海案内人って、ヤバくね? え、マジ?」


 あーあ、殴り損ねたな。

 フィルが微かに笑うと、それをどう取ったのか。

 彼らは顔を見合わせ、一転して逃避の構えだ。

 仕方なく退路を空けてやると、遠吠えもせずに素早くホテルを出て行く。

 とにかく、速い。

 リーゼが、扉が閉まるのを見守って、「何だかすっきりしません」とふくれた。


「だなー。一発くらい殴っても罰は当たんなかったかな」


 リーゼは、ぱちりと瞬く。


「そうですけど…、フィルさんがそう言うのって、珍しいですね」


「そ?」


「にいさーん、たずかったぜ」


 ルニアに支えられたまま、サナが情けない声を出した。

 袖口で固まりかけた血を強く拭って、軽く頭を下げる。


「相変らずのトラブル体質ですね」


 フィルたちが来なかったら、どうなっていたやら。

 リーゼが呆れたように「本当ですよ」と頷く。


「いや、面目ねえ。ありがとな」


 落ち着いて来たのか、はっきりした口調で彼は礼を言って。

 全く懲りていなさそうな顔で、笑った。







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