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ロストクラウン  作者: 柿の木
第一章
13/175

12、令愛の招待

 



 へぇ、と眼を細めたのは、リンレットだった。

 その視線はフィルではなく、リーゼに注がれている。


「カディの冗談かと思ったのに、ホントだったんだ。フィルが弟子を取ったって」


 リーゼのふわりとした髪とは対照的な長く癖のない髪を、彼女は指先で梳くようにして肩へと流した。

 リンレット・クロトログ。

 デザートカンパニーの2ndだ。


「そー。いろいろとあってな」


「ふうん。ちょっとショックかも」


 リンレットは案内所の椅子に座ったまま、軽く天井を仰いだ。

 昨日の謝罪という名目で出て来たようだが、その本題はすでに終わっている。

 彼女が連れて来た例のタグなしたちは、特別講習があるとかで一緒に来たカディに連れられて出て行った。

 リンレットにしこたま叱られた後のようで、謝られるこちらが可哀想になるくらいの落ち込みぶりだった。

 砂海に出る者は、互いに助け合って旅をする。

 普段仲が悪く、いざという時に救援に駆けつけてもらえなかったなんて話はざらにあるのだ。

 砂海を甘く見ることも、無闇に他人と衝突することも。

 どちらも今後案内人として働いていくのならば、致命的なことだ。

 彼女がきつく言い含めたとしても、不思議ではない。


「……どうしてですか?」


「どうしてって、だってフィルは弟子をとらないって思ってたのに」


 こちらもぎりぎり先輩に対する礼儀を守っているが、リーゼは明らかに不機嫌な口調で問いかけた。

 リンレットも何が気になるのか、いつものさっぱりとした明るさはどこへやら。

 何やら挑戦的な眼で、フィルの隣に立つ新人を見ている。


 何故?


 居心地の悪さに、早々に立ち去ったカディが羨ましくてならない。


「フィルさんはタグ付きとしてもう十年も案内人をしているのだから、弟子くらい取っても不思議ではないと思います」


「んー、まあ、それはそうなんだけど。ね、フィル。どうしてこの子を取ったの?」


 突然話題を振られて、フィルははたと我に帰る。

 笑顔のリンレットと、無表情のリーゼからの圧力が凄い。


「えー……っと、なんとなく?」


「なんとなく?」


「なんとなくですか?」


 不満そうに言われて、フィルは「うう」と唸った。

 そもそもリーゼの「ありとあらゆる手」とやらで偶然、彼女を迎え入れる立場にされたのだ。

 弟子に選んだ理由など、あるはずがない。


「……い、勢いで、何となく」


「「…………」」


 実際、そうなのだからそれ以上何とも言い難い。

 案内人になるために必死だったから、まあ手助けくらいはしてあげてもいいかもしれないと思った。

 だから、親との一悶着が落ち着くまでという期限付きで仮の師弟関係になったのだ。

 それも、もうすぐ終わりだし。


「というか、いろいろあってちょっとだけ面倒見てるだけだって」


「えっ? そうなの?」


「そー。うちじゃちゃんとした給料も出せないし、その内ルレンさんのとこに話が行くかもしれないから、よろしく頼むよ」


「ふぅん。それじゃ、二人一緒にデザートカンパニー(うち)に来ればいいじゃん! 父さんもその方が喜ぶって」


 リンレットはぱっと顔を輝かせて手を打つ。

 デザートカンパニーの社長ルレン・クロトログは彼女の父。

 GDUの筆頭である「クラウン」に認められた、数少ない1stの一人でもある。

 師匠とルレンは古い友人で、その縁でフィルもタグなし時代から随分と世話になっている。

 リンレットの言葉は嬉しいが、フィルは笑って首を振る。


「それはな……。俺、この案内所、気に入ってるし」


「……そっか。そうだよね」


「ごめんな」


 ルレンは、フィルの事情を知ってなおデザートカンパニーに来ないか、と声をかけてくれる。

 そしてまた母も兄弟もいないリンレットは、幼い頃遊び相手を務めていたフィルを未だに兄のように慕ってくれている。

 父親のように事情を知らずとも、3rdであるフィルを幾度もデザートカンパニーに誘ってくれるのだ。 

 嬉しいが、その度にこうして断らなくてはならないのが心苦しい。


「ううん。いいよ。フィルのそういうとこ、嫌いじゃないし。でも、そっか。そうなると、もしかしたら私がこの子の面倒を見ることになるかもしれないんだ」


「…………」


 そこでリーゼが眉を寄せる。

 嫌そうな顔しちゃ駄目だろ、と言いたいが、リンレットは面白そうに微笑んでいた。


「うん。うちに来るんだったら、私が責任持って指導してあげる」


「別に私は」


「うん、助かる。リンレットは若手ん中でもかなりの実力者だし、同じ女の子同士いろいろ聞きやすいだろ。許可も貰ったし、さっさとご両親と話を付けないとな?」


「…………」


 リーゼはきゅっと口を結んで黙り込むと、唐突に「お茶を淹れて来ます」と空になったカップを回収して部屋に引っ込んでしまった。

 細い背中が逃げるように扉の向こうに消えると、リンレットが小さく笑う。


「懐かれてるね、フィル」


「そうか? 結構噛みつかれたりしてるけどな。ま、本当にそっちに行くことになったらよろしく頼むよ。あれで通常運転だから、あんま煽んないようにな」


「えー、でもちゃんと牽制しとかないと。ライバルは少ない方がいいじゃない?」


「ライバルって、タグなしだぞ? 流石にまだ早いって」


「……そうだね。私も、そう思う」

 

 リンレットは微笑む。

 どことなく含みのある笑みにフィルが首を傾げると、彼女は「そういえば」と話題を変える。


「あのね、フィル。これ、父さんから」


「ん?」


 今思い出したんだ、とリンレットは腰に付けた可愛らしいポーチからチケットを二枚取り出した。

 それは凪屋の広報部がよく企画する砂獣討伐の観戦チケットのようだ。

 観光客に対して行われる砂獣退治のショー。

 GDUが統治機関になってから一般化し、今ではかなりの人気を博している。

 しかし。


「これ、デザートカンパニー主催なのか?」


 フィルはリンレットからチケットを受け取って、目を丸くする。

 印字されているのは確かに「デザートカンパニー」の文字。

 開催日時は、明日だ。

 砂獣討伐のショーは、それ用の砂獣をあらかじめ捕獲し、それ専門の案内人がしかるべき舞台で砂獣を退治するスタイルで、主に凪屋が行う。

 凪屋主催ではないこともあるが、デザートカンパニーがショーを行うのはフィルが知る限り初めてのことだ。


「ルレンさん、こーいうの嫌いじゃなかったっけ? ほら、安全性がどうとかって随分凪屋と揉めてたじゃん」


「んー、まあね。でも、ほらここ見て」


 ぐいっと椅子を引き寄せて、リンレットはフィルの手元のチケットを指差した。

 舞台は元工業区にある、『粛清の遺構』。

 砂獣の襲撃で壊滅した工業区を慰霊公園として整備し、そこに砂獣退治のショーが行われるコロシアムを建設したのだ。

 門と同様に砂海に面しており、砂獣を引き込んだり捕獲したりするのに向いているらしい。

 ガーデニアには他に砂獣討伐を見られる場所はないから、舞台はここで決まりだろう。

 けれど。


「……これ」


「うん。今回ね、相手にするのは、あの『迷子』なの」


 砂の波間に翻る金色。

 あれを、獲物にするのか。


「……フィルも昨日のことがあったからわかると思うんだけど、砂海科の子たちね、やっぱりこれまで案内人になりたいってこの業界に飛び込んで来た子たちと違うの。まだ、子どもっていうか、甘えがあるんだよね」


「まだ十六だろ。仕方ないんじゃ」


「んー。フィルのとこは、あの子一人だけだからあんま感じないのかな。うちとか大きいとこは結構人数取ったから余計感じるのかもね。とにかく、昨日砂海見学に行った時、カディのとこほどじゃないにしても、かなりふざけてる子が多かった。もちろん、ちゃんとしてる子も沢山いるけど、でも、一人ふざけてたら皆死ぬのが砂海でしょ」


「……そうだな」


 リンレットは上目遣いに、窺うようにフィルを見る。


「それで、昨日砂海から帰ってうちでは結構な大論争になったんだよ。特に、あの迷子をおびき寄せちゃった件は大問題。怖くて砂海なんて連れ歩けないってタグ付きが父さんに泣き付いてね」


「それは……、まあ、そうだな」


「それで、父さんがこんなの考えついたってわけ。しかも表向きは前々からGDUに勧めてた遺構の耐久テストとか言ってね」


 案内人による案内人のための、見世物。

 楽しませるのではなく、現実を見せるために企画されたものだ。

 それで気が引き締まるなら良し、怯えて案内人を辞めるのも良し。

 ルレンらしい。


「父さん思いついたら早いからすぐGDUに申請して、GDUとしてもあの厄介な迷子を始末してくれるなら願ってもないじゃない? すぐに許可が出て、それから凪屋にもこういうことするよって通信入れたら、向こうも一期生の問題は出てたみたいで席を優遇してくれるのなら協賛しますって」


「と、とんとん拍子だな」


「そーなの。ずるいよね、1stって! 昨日の内にぜーんぶまとまっちゃったんだから」


「それで、コレ」


「そう。凪屋の広報部がすぐにチケット作ってくれたの。今回はあくまで砂海科一期生のために企画された砂獣討伐。一般人は入れないんだって。まあ、その分ガーデニア中の案内人が見たがるんだろうけどね」


「だろうな。俺も興味あるもん。凪屋のショーはあれはあれで面白いけど、デザートカンパニーがやるとなったら絶対見応えあるしな」


「えへへ、ありがと」


 リンレットはにこっと笑う。


「一応昨日のお詫びも兼ねてるんだよ。父さんがフィルのとこも一期生抱えてるから持ってってやれって。まあ、あんまり意味ないかもしれないけど」


「そういう意味ではな」


 そこへトレイを持ったリーゼが戻ってくる。

 浮かない顔のまま、リンレットとフィルにカップを手渡した。

 リンレットは明るく礼を言って、口を付けた。


「もう凪屋の広報部が迷子を追跡してて、また被害が出ないうちに片付けちゃおうってことになってね。それで、昨日申請明日開催って流れになったんだよ」


「随分急だな。大丈夫なのか」


「うん。遺構の使用許可も下りたし、案内人にはGDUからメールが行ってると思う。フィルは知ってると思うけど、迷子って本当に厄介でしょ? 今はまだ死人まで出てないけど、もう十人以上襲われてるもん。やるなら、早い方が良いよ」


「……ま、デザートカンパニーが本腰入れて、凪屋がフォローに回るんだ。GDUも多少は目を瞑るな」


「そうそう! ね、私も一応出る予定なの。絶対見に来てね」


「了解。ありがとな」


 ひらりとチケットを振ると、リンレットは嬉しそうに頷いた。





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