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ロストクラウン  作者: 柿の木
第六章
129/175

4、決意の在処




 以上?

 リーゼが、物言いたげな視線を寄越す。

 心地良い振動とは真逆の、重い空気。


「で、あいつがそれを断ったら?」


 フィルは窓枠に肘をついて、右耳を押さえた。


「わざわざ首突っ込む必要性はあんの?」


 ティントは、どんな不利益が予測出来ても、やりたかったらやってしまう類の人間だ。

 それに見合うと判断したら、学会追放も平気で飲んで研究をする。

 砂海再開発も彼が出来ると踏んだのなら、実際出来るのだろうとフィルは思う。

 それで案内業がどれほどの打撃を受けるかというのは、また別の話。

 そりゃあ困るけれど、仕方がない。

 助けを求められたならともかく、全てがティントの意志だと言うなら、果たして連れ戻す必要性があるだろうか。 

 ルニアは信じられないような顔をして、フィルを見た。

 衝撃を受けたように、声が僅かに震える。


「……冷たいんですね。ご友人だと伺っていましたけれど」


「どっちも否定はしないけどな」


「学会を追放されるんですよ。フィリランセスでは、もう、研究者として終わりです」


「あいつなら、外国に出ちまえばやってけんじゃない?」


 暗い青の瞳に、悔しさが滲んだ。


「…貴方が共著者として協力した論文が、そもそもの始まりだとしても、同じことが、言えるんですか?」


 閃光弾の裏ワザ、か。

 討伐ショーでフィルが使ったティントの試作カートリッジ。

 それはその一発で、迷子を沈黙させた。

 なるほど、あれが「火種」。

 リーゼが心配そうな表情で、フィルとルニアを窺う。

 フィルは気付かない振りで、笑った。


「責任取れって? それ、結構乱暴な話だな」


「正論だと、自分では思いますが。貴方たちが協力して下さらないなら、それでも構いません。私、一人でもやります」


 へえ、とフィルは彼女をまじまじと見つめる。

 話がずれてしまったのだが、存外固い決意を垣間見て感心する。

 意外とやるじゃん、ティント。

 ルニアは早合点して、「わかりました」と唐突に立ち上がった。


「この話は聞かなかったことにして下さい。強引に連れ出して申し訳ありませんが、次の停車駅でどうぞガーデニアにお戻り下さい。切符代は出しますから」


 そして荷物から財布を取り出し、紙幣を突き付ける。


「待って下さいっ」


 その紙幣を押し返したのは、リーゼだ。

 彼女はルニアの腕を引っ張って、再び席に着かせる。

 そして呆れたようにフィルを見て、「フィルさん、今のはちょっと意地悪でしたよ」と苦言を呈する。


「その気がないなら、そもそもこの特急に乗ったりしないでしょう?」


 まあ、そうなんだけど。

 フィルは肩を竦め、ルニアはやや遅れて首を傾げる。


「すみません、どういう」


「首突っ込む必要性があんのか、って話だよ。あいつが叡力学会を追放されるってだけで、んな必死になってんの? 違うんだろ?」


 ティントが学会を追われることをわかっていないと言うことは、まず有り得ない。

 非常識な奴だが、あれでも長く研究者生活をしているのだ。

 ルニアもそれは知っているだろう。

 本人の意思なら、連れ戻すことも難しい。

 なのに、フィルとリーゼを巻き込んでまで「連れ戻す」と決意している。


「…私、血は繋がっていませんが、いろいろとお世話にはなりましたし、あの人には一応感謝しているんです。何かあるなら、力になりたい」


 だから、全部話して下さい。

 リーゼはそう言って、ルニアに微笑む。

 年上の彼女に少し遠慮をしながらも、その手をそっと握った。


「……」


 ルニアは浅く息を吸って。

 吐息を隠すよう、片手で口元を隠した。

 瞳が揺らぐ。

 すぅっと、力の入っていた肩が落ちた。


「………六月に、入ったばかりの頃です」


 ゆっくり、思い出すようにルニアは言葉を選ぶ。


「彼に例の論文に関する実験を見せてもらって…。その時、彼のお父様から通信があったんです」 


 詳しい内容まではわかりません、と少し俯く。


「けれど、何か協力を求められていることは、わかりました。それに、彼は」


 まだそんなこと言ってんの。やるわけないじゃん。


 そう、答えた。


「その前から、砂海再開発に関して協力を求める通信が、いくつか入っているという話は聞いていたんです。だから、ガーデニア市議であるお父様にも話が行って、それで通信があったのだろうと、思っていたんです」


 それに、と彼女は弱く首を振った。

 短い髪が、力なく揺れる。


「あの研究にしたって、叡力兵器に利用出来るような調整どころか、逆に反発が安定するように威力を落とす方向で進めていたんです。私、彼が叡力兵器の開発に関わるって聞いて、絶対おかしいと思って」


 そして、確認のため通信を入れた。

 すでに連絡の取れなくなっていたティントに代わり、ガーデニアの市議である彼の父に。


「…彼のお父様には、連絡が入っていたんです」


「……は?」


「え……、え?」


 ティントの父親嫌いを知るフィルとリーゼは、顔を見合わせた。

 ルニアもそれは知っているのだろう。

 フィルとリーゼの反応に、安堵したような顔をする。


「勿論本人からではなく、本人の伝言を預かったと言う第三者から」


 議長の手伝いをするから。

 

 そう、一言。

 ルニアは一瞬だけ、泣きそうなほど顔を歪めた。

 たたん、と心地良い音を立てて特急が揺れる。

 ただひたすら、首都を目指して。

 

「これが、私が知っている全てです。何も、確証はありません。でも、これが、私が感じた『彼を連れ戻す必要性』です」






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