4、決意の在処
以上?
リーゼが、物言いたげな視線を寄越す。
心地良い振動とは真逆の、重い空気。
「で、あいつがそれを断ったら?」
フィルは窓枠に肘をついて、右耳を押さえた。
「わざわざ首突っ込む必要性はあんの?」
ティントは、どんな不利益が予測出来ても、やりたかったらやってしまう類の人間だ。
それに見合うと判断したら、学会追放も平気で飲んで研究をする。
砂海再開発も彼が出来ると踏んだのなら、実際出来るのだろうとフィルは思う。
それで案内業がどれほどの打撃を受けるかというのは、また別の話。
そりゃあ困るけれど、仕方がない。
助けを求められたならともかく、全てがティントの意志だと言うなら、果たして連れ戻す必要性があるだろうか。
ルニアは信じられないような顔をして、フィルを見た。
衝撃を受けたように、声が僅かに震える。
「……冷たいんですね。ご友人だと伺っていましたけれど」
「どっちも否定はしないけどな」
「学会を追放されるんですよ。フィリランセスでは、もう、研究者として終わりです」
「あいつなら、外国に出ちまえばやってけんじゃない?」
暗い青の瞳に、悔しさが滲んだ。
「…貴方が共著者として協力した論文が、そもそもの始まりだとしても、同じことが、言えるんですか?」
閃光弾の裏ワザ、か。
討伐ショーでフィルが使ったティントの試作カートリッジ。
それはその一発で、迷子を沈黙させた。
なるほど、あれが「火種」。
リーゼが心配そうな表情で、フィルとルニアを窺う。
フィルは気付かない振りで、笑った。
「責任取れって? それ、結構乱暴な話だな」
「正論だと、自分では思いますが。貴方たちが協力して下さらないなら、それでも構いません。私、一人でもやります」
へえ、とフィルは彼女をまじまじと見つめる。
話がずれてしまったのだが、存外固い決意を垣間見て感心する。
意外とやるじゃん、ティント。
ルニアは早合点して、「わかりました」と唐突に立ち上がった。
「この話は聞かなかったことにして下さい。強引に連れ出して申し訳ありませんが、次の停車駅でどうぞガーデニアにお戻り下さい。切符代は出しますから」
そして荷物から財布を取り出し、紙幣を突き付ける。
「待って下さいっ」
その紙幣を押し返したのは、リーゼだ。
彼女はルニアの腕を引っ張って、再び席に着かせる。
そして呆れたようにフィルを見て、「フィルさん、今のはちょっと意地悪でしたよ」と苦言を呈する。
「その気がないなら、そもそもこの特急に乗ったりしないでしょう?」
まあ、そうなんだけど。
フィルは肩を竦め、ルニアはやや遅れて首を傾げる。
「すみません、どういう」
「首突っ込む必要性があんのか、って話だよ。あいつが叡力学会を追放されるってだけで、んな必死になってんの? 違うんだろ?」
ティントが学会を追われることをわかっていないと言うことは、まず有り得ない。
非常識な奴だが、あれでも長く研究者生活をしているのだ。
ルニアもそれは知っているだろう。
本人の意思なら、連れ戻すことも難しい。
なのに、フィルとリーゼを巻き込んでまで「連れ戻す」と決意している。
「…私、血は繋がっていませんが、いろいろとお世話にはなりましたし、あの人には一応感謝しているんです。何かあるなら、力になりたい」
だから、全部話して下さい。
リーゼはそう言って、ルニアに微笑む。
年上の彼女に少し遠慮をしながらも、その手をそっと握った。
「……」
ルニアは浅く息を吸って。
吐息を隠すよう、片手で口元を隠した。
瞳が揺らぐ。
すぅっと、力の入っていた肩が落ちた。
「………六月に、入ったばかりの頃です」
ゆっくり、思い出すようにルニアは言葉を選ぶ。
「彼に例の論文に関する実験を見せてもらって…。その時、彼のお父様から通信があったんです」
詳しい内容まではわかりません、と少し俯く。
「けれど、何か協力を求められていることは、わかりました。それに、彼は」
まだそんなこと言ってんの。やるわけないじゃん。
そう、答えた。
「その前から、砂海再開発に関して協力を求める通信が、いくつか入っているという話は聞いていたんです。だから、ガーデニア市議であるお父様にも話が行って、それで通信があったのだろうと、思っていたんです」
それに、と彼女は弱く首を振った。
短い髪が、力なく揺れる。
「あの研究にしたって、叡力兵器に利用出来るような調整どころか、逆に反発が安定するように威力を落とす方向で進めていたんです。私、彼が叡力兵器の開発に関わるって聞いて、絶対おかしいと思って」
そして、確認のため通信を入れた。
すでに連絡の取れなくなっていたティントに代わり、ガーデニアの市議である彼の父に。
「…彼のお父様には、連絡が入っていたんです」
「……は?」
「え……、え?」
ティントの父親嫌いを知るフィルとリーゼは、顔を見合わせた。
ルニアもそれは知っているのだろう。
フィルとリーゼの反応に、安堵したような顔をする。
「勿論本人からではなく、本人の伝言を預かったと言う第三者から」
議長の手伝いをするから。
そう、一言。
ルニアは一瞬だけ、泣きそうなほど顔を歪めた。
たたん、と心地良い音を立てて特急が揺れる。
ただひたすら、首都を目指して。
「これが、私が知っている全てです。何も、確証はありません。でも、これが、私が感じた『彼を連れ戻す必要性』です」




