3、鉄路の始まりへ
乗車券で指定されたボックス席で朝食を済ませた。
ハムに野菜、チーズを挟んだありふれたサンドウィッチも、列車内で食べると特別美味しい気がするのだから不思議なものだ。
セットで買ったアイスティーを飲みながら、リーゼは身を乗り出すように車窓の風景を眺めている。
いまいち食の進まない様子のルニアがようやく食事を終わらせると、待ち構えていたように、リーゼがすっと視線を戻した。
「それで、あの人を連れ戻すって、どういうことなんですか?」
単刀直入だ。
うっかりこの子楽しんじゃってんじゃ、と思ったが、そこは流石弁えている。
ルニアはちらと周囲を窺った。
始発のためか、今のところ同じ車両に乗客はいないが、話が話なだけに気になるのだろう。
まだ弱く灯る車内灯の下、彼女は声を顰める。
「どうもこうも、そのままの意味です」
「そのまま? あいつに何か言われたわけじゃなく?」
「ええ。今回の件が発覚してから、彼とは全く連絡が取れていません」
ですから、とルニアは目尻の辺りに指を添えて、瞳を伏せた。
「彼を連れ戻すと言うのは、一部賛同者はいますが、主に私主導の勝手な行動です」
「ふぅん」
フィルの気のない相槌に、彼女はさっと目元を厳しくした。
「…彼の協力が確かなものだと明らかになれば、叡力学会は彼を除名するつもりです」
「除名、ですか?」
リーゼが自分のイヤホンを不安げに撫でた。
ルニアは頷いて、続ける。
「理事含め、学会に所属する研究者の総意だそうです。今度の会見で彼自身が協力を認めれば、処分は免れない」
ルニアは組んだ指先に力を入れた。
苛立ちを殺すように、瞳を閉じて息を吸う。
「粛清以降の叡力学会は、叡力兵器の開発に関して非常に厳しい制約を設けているんです。叡力兵器を世に出すまでには、叡力学会の審査を幾度も受けることが義務付けられている。彼の政策協力は、それらを完全に無視しているんです」
反した者に罰があるのは、当然のことだ。
細い指が、青白い。
「…学会を追放されるっての、そんな大事?」
完全に門外漢のフィルには、ぴんと来ない。
彼女は唇を噛んで、また頷く。
「叡力学会に追放されれば、叡力機工学の研究者としては致命的です。学会関係の研究施設は使えなくなるし、何より、研究を発表する場が失われる。どんなに良い論文を書いても、公に発表出来なければ、意味がないでしょう」
「へえ、んな徹底するんだ」
「叡力学会というのは、お金で動いている組織ではありません。だからこそ、学会規約に背いた研究者に容赦はしない」
砂海案内人がGDUに切られて野良になるのとは、また違うようだ。
恐らく、学会内は師弟や学友の繋がりが主。
互いが利益ではなく義理や面子を重んじれば、学会追放は確かになかなか大事かもしれない。
「でも、議長さんに付いて、お抱えで研究者をするっていう手も、ありますよね?」
リーゼの問いに、彼女は「確かに」と答える。
車窓の風景が、映像のようにただ淡々と流れて行く。
薄日の射す穏やかな街道に沿うように、列車は緩やかにカーブした。
ああ、もう陽が昇っていたのかと今更気付く。
「議長のお抱え研究者として、議長の下で、その支援を受けて、議長のために研究をする。そういう選択もあると思いますが」
ルニアは言葉を区切って、フィルとリーゼを見た。
あり得ます? と言いたげな瞳。
あのティントが、議長のために研究か。
それは確かに。
「……ま、あいつらしからぬ選択になりそうだけど」
「そう、ですね」
理解を得られて安堵したのか、彼女は息を吐く。
唇を湿らせるように、アイスティーを口に含んだ。
「どういうつもりなのか、どういう事情なのか。私にはわかりません。ですから、とりあえず彼を連れ戻して、頭を冷やしてもらおうと思っています」
以上です、と彼女は締めくくった。




