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ロストクラウン  作者: 柿の木
第六章
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2、出立の静寂




「朝食、買えました」

 

 紙袋を抱えて、リーゼが小走りに戻って来る。

 開いていた売店を振り返って、「少し安くして貰っちゃいました」と嬉しそうに笑う。


「そ、良かったな」


 やはり買い出しは可愛い子がやるに限る。

 初老の店員に頭を下げて、歩き出す。

 日々の喧騒が嘘のように静まり返ったガーデニア駅。

 始発の特急だけが、がらんとしたホームに取り残されたように停まっていた。

 ドーム状の天井は明かり取りのガラス張りで、今はまだ暗々とした空が覗いている。

 途切れた線路の先に中途半端にスペースが取られているのは、「鉄路延長計画」の名残だ。


「流石にこの時間だと、静かですね」


 リーゼの視線の先。

 僅かな乗客が、影のようにするすると列車に吸い込まれて行く。

 促す車掌でさえ沈黙したまま。

 その静寂の中、リーゼが「不思議な感じです」と柔らかく言った。


「…こんなにすぐ特急列車(これ)に乗ることになるとは、思いませんでした」


「そっか、春まで首都の砂海科にいたんだもんな。これで来たのか?」


「はい。案内人になる同期皆で来たので、賑やかでした」


 リーゼは特急列車の墨色の車体を、懐かしそうに眺めた。

 息をするような駆動音に、黙っていたルニアが「乗りましょう」と急かす。


「もうそろそろ発車時刻です。首都まで四時間以上かかりますから、話は中で」


 リーゼは素直に頷いて、列車に乗り込む。

 にこりともしないルニアは、僅かに俯いて鬱屈と溜息を吐いた。


「つまんなそうだな」


「…面白いことをしに行くわけではありません。まさか観光気分ではありませんよね? ラーティアさん」


 冷ややかな視線を向けられて、フィルは既視感に思わず笑った。

 押しかけて来た頃の、どっかの誰かさんにそっくりだ。

 まさか笑われるとは思っていなかったのか、彼女は目を見張り、それから肩を落とした。


「……失礼なことを言って、申し訳ありません。協力をお願いをした立場だというのに」


「良いって」


 それだけ、余裕がないのだろう。

 ルニアは気まずそうに僅かに視線を逸らす。


「けれど、その、砂海案内人の方は…、もっと気が荒いのかと思っていました」


「まあ、基本的に穏やかではないけどな。でも、あんまかりかりしてっとお客さんも不安になるだろ」


 彼女は「そうですか」と頷いて、


「少し、心配になって来ました。ラーティアさん、喧嘩、お強いんですよね?」


「………………は?」


 何言ってんだろ、この人。

 すげない態度を謝ってくれた訳じゃ、あれ、勘違い?

 ルニアは問い詰めるように、一歩フィルに近付く。

 

「ディナルさんを苛めていた子どもたちを、あっという間に仕留めたんですよね?」


「仕留め…、え、仕留めてないって」


 大丈夫かな、とばかりにルニアは首を捻った。

 少しずれた冗談かと思ったが、どうも本気らしい。


「…仮にも砂海案内人。大丈夫、ですよね」


 ぽつりと呟く。

 失礼な、と思わなくもないが。


 大丈夫


 ルニアは、唇だけで、繰り返した。

 追い詰められているせいだろう、強張った顔は白い。

 その表情を見ると、軽く言葉を返すことも躊躇われた。


「フィルさん?」


 先に列車に乗り込んだリーゼが、ひょこっと顔を出す。

 

「……乗りましょう」


 ルニアはもう一度そう言って、踏段を上がった。

 その背を見送って、フィルは苦笑する。


「……どーしようもねぇの、俺ばっかじゃねぇじゃん」


 あんな綺麗な人に心配かけて、一体何やってんだか。

 踏段に足をかけて、フィルはふとガーデニア駅を振り返った。

 同じ早朝の出発だと言うのに、趣はこうも違うのか。

 明けて行くはずの薄闇は、照明の届かぬ彼方此方で息を潜めている。

 門より広いはずの空間に圧迫感を覚えるのは、フィルが根っから案内人だからだろうか。


「面白いことしにいくわけじゃない、か」


 砂海に出る方が、気が楽だな。

 フィルは溜息を吐きかけて、首を振る。

 今度は振り返らずに、一気に踏段を上がった。







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