表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストクラウン  作者: 柿の木
第五章
124/175

23、渦中の隠れ事




「…今日、帰りたくないです」


 リーゼは座学のために引っ張り出した資料を片付けながら、ぽつりと言った。

 フィルは案内所の小さな窓から夕焼けを窺って、「じゃ、泊まってく?」と仕方なく答える。


「良いんですか? 迷惑じゃないですか?」


「割とこっちの台詞だけどなー。事情が事情だし、リーゼが嫌じゃなきゃ別に良いよ」


「嫌なわけ、ないです」


 ああ、こりゃパパさんが卒倒しそうな話だ。

 他意がないとは言え、今度は言い逃れも出来ない。

 文句は、是非ティントに言って欲しいものだが。


「…とんでもねぇことになってんのにな」


 本人は、どうしているのやら。



 

 その報道があったのは、西ランス港から戻って来てすぐだった。

 あのティントが、砂海再開発に協力すると言う。

 寝耳に水だが、記事になったと言うことはそれなりに裏が取れているのだろう。

 良くも悪くも知名度のあるティント。

 すっかりガーデニア市民、注目の的だ。

 ガーデニアニュースの連中だけでなく、首都の記者もティント本人に話が訊きたいと研究機関、挙句家にまで押しかけて来たらしい。

 そのどちらにもティントはいなかったわけだが、当然、同居している「妹」であるリーゼはしつこく問い詰められた。

 砂海科を卒業して案内人の修行をしているとは言え、彼女はまだ十六。

 顔や名が報道されることはなかったが、昼夜問わず家の周りに張り込まれて、気にするなというのは無理な話だ。

 酷く調子の悪そうな顔で「帰りたくない」と言われたら、もう仕方がない。


「ありがとうございますっ」


 ここ数日見せなかった笑顔で、彼女は礼を言う。


「ティントさん、帰って来る気配もないですし…。待ってるのも、何か」


 言葉を濁したが、「辛い」と眼で訴える。


 僕、今首都。


 西ランス港の通信で、ティントはそう言っていた。

 それから、ガーデニアには帰って来ていないようだ。

 研究の切りが悪いから、とか。

 論文書けって脅されてるから、とか。

 諸々の理由で、研究室に籠って帰って来ないことが珍しくないティントだが、流石にこの大騒ぎの中、通信の一本も寄越さないのは疑問ではある。

 血が繋がっていないとはいえ、リーゼは妹で、しかも今は部屋を貸しているのだ。

 いくらティントが非常識人であっても、連絡はあって当然だと思うのだが。


「…フィルさんにも何も言ってないんですよね?」


「俺? まあ、政策に関わるような話だしな」


「…………、多分、ティントさんは『家族』に言うべきことも、真っ先にフィルさんに話しちゃうと思いますけど」


 リーゼは資料を片付け終えると、椅子に腰かけた。

 帰らなくて良い安心感からだろうか。

 細い足をふらりと揺らして、少し悪戯っぽい瞳をして。


「フィーくん、フィーくん! 僕、ちょっとこれからおっきな仕事することになっちゃってさー、しばらく通信出来ないかも。寂しい思いさせてごめんねー」


 唐突に、ティントの真似をする。


「うあ、似てる」


 本当に血、繋がってねぇの?

 リーゼはころころ笑ってから、「絶対こんな通信して来ると思いません?」と首を傾げた。

 確かに。


「通信入れてみたり、しました?」


「二、三度な。全く繋がんなかったけど」


「…そう、ですか」


 何だかんだ、結局心配なのだろう。 

 爪先に視線を落としたリーゼの頭を撫でようとして、思い留まる。

 子ども扱いすると、きっと怒るだろう。

 案内所の戸締りをしながら、フィルは何てことない口調で言う。


「あんなだけど、ティントだって良い大人だ。自分で蒔いた種くらい自分でどうにかするさ」


 リーゼはフィルを見上げて、「ちょっと友だち甲斐ないですよ」と文句を付けた。

 フィルは笑う。


「付き合い長いからな。自分でどうにか出来ないことなら、ティントはどんな手段使っても訴えて来るから、大丈夫だよ」


 何故か弟子は驚いたように瞳を大きくして、それから大人びた表情で微笑んだ。


「ちょっと、羨ましいです」


「何が」


 リーゼはそれには答えずに、「これからしばらく、お世話になります」と頭を下げた。

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ