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ロストクラウン  作者: 柿の木
第五章
120/175

19、零れ落ちて




 どれくらい走っただろうか。

 とにかく、そういう疑問が浮かぶくらいには時間が経った。

 漠角たちも、何度も方向を修正されて何となくこちらは駄目だとわかったのだろう。

 やや勢いを失いつつ、ひたすら南東へと街道を駆ける。


『こちら、レイグ。救出対象車から漠角視認の報告あり。退避地点より東。接触は無し。誘導車、まもなく砂海です』


 やっと、だ。


「ゲルド、もうすぐ砂海!」


 安堵する間もなく、未だノリノリのゲルドを止める。

 不満そうな声を上げる彼女が、唐突にハンドルを切った。


「ひゃっ」


 席から転がりそうになるリーゼを慌てて掴む。

 群の後方で、漠角が一頭転倒した。

 それを、避けたのだ。


「っぶないわね! どうするの? フィル」


 とっくに追い越してしまった漠角を、窓から振り返る。

 咄嗟に起き上がることが出来なかったのだろう。

 前肢で地を掻くような仕草が見えた。

 あっという間に、漠角の姿は遙か後方に消える。


「こっちが済んでから対処する」


 群はもう砂海へと抜ける。

 ゲルドはようやく、ゆるゆるとスピードを落とした。

 砂の匂いが濃くなる。

 或いはもう境界までは踏み込んだのかもしれない。

 群の最後尾が、暗闇に飲まれて行く。

 音が聴こえなくなるまで待って、通信を入れた。


「…漠角の誘導が完了しました。レイグさん、各方面に指示を」


 はぐれた一頭の対処に向かうことを説明して、通信を終える。


「じゃ、Uターンね」


 嬉々としたゲルドに、「今度は飛ばすな」と釘をさす。


「わかってるわよぉ」


 本当かよ。

 後ろの席を振り返ると、ウォンはぐったりとしていた。

 とりあえず意識はありそうだが、そっとしておこう。


「もう一仕事ですね」


「…うん。てか、元気だな」


 リーゼは席に座り直して、「楽しかったです」と笑顔を見せた。




 漠角はまだそこにいた。

 転倒した地点から、動いていない。

 起き上がってはいるが、右の後脚を僅かに浮かせている。

 輸送車を少し離れたところに止めて近寄ると、漠角は口先を振り上げて啼いた。

 成体より一回り小さい。


「…子ども、ですよね」


 あの誘導で、体力も尽きたのだろう。

 気配を感じられるほど砂海が近いが、動く様子はない。


「だな」


 漠角は怯えた眼で、フィルたちを見る。

 足踏みをして、哀しげに啼く。

 親を呼んでいるのだろう。

 リーゼがぎゅっと胸元を押さえた。

 輸送車から出て来たゲルドが、「迎えが来れば良いわね」と砂海を見る。


「…ま、来るとしても砂海の外れまでだと思うけど。そこまでは、自分で行かねぇと」


 な、と静かに話しかけると、漠角は嫌がるように頭を振った。


「どう、するんですか?」


「どうするって、砂海に帰ってもらうしかねぇだろ?」


「…そうですよね」


 フィルは叡力銃をそっとホルダーから抜いた。


「……何だ、やっぱ、3rdじゃん」


 輸送車からよろよろと降りて来たウォンが、そう言って忌々しげに舌打ちをする。


「もう具合は良いんですか?」


「う」


 冷やかなリーゼの言葉に、彼は胃の辺りを擦った。

 けれど徐に剣を抜いて、こちらに近付いて来る。

 それが命を奪うものだとわかるのだろう。

 漠角は悲鳴のように甲高い声を上げた。


「あんまさ、刺激すんなよ」


 フィルは彼の進路を遮った。

 自然と、漠角を背後に庇う姿勢になる。

 ウォンはフィルを睨んだ。


「ちょっと凄いかもとか思ったけどさー、アンタ、やっぱ何もわかってねえじゃん」


「何が」


 彼は剣先を漠角に向けた。


「砂獣に情けかけるとか、砂海案内人失格だぜ」


「…………」


「あら、フィルがお説教されてる。見物ねぇ」


 ゲルドは呑気に腕組みをして、すっかり観賞モードだ。

 リーゼは、心配そうな表情のまま何も言わない。


「どけよ! オレが始末してやるから」


「だからさ、大声やめろって。ここ、砂海近いんだけど?」


 ウォンはぐっと食いしばってから、一気に捲し立てる。


「砂獣には絶対情けをかけるなって、教わらなかったのかよ。こうなったら、殺すしかないだろ?」


 彼はふらつく足を叱咤するようして、剣を構えた。


「これが、最後だぜ。どけよ、3rd」





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