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ロストクラウン  作者: 柿の木
第一章
12/175

11、咎人は罪を知りて




『認可番号1247、フィル・ラーティア。こちらはガーデニア砂海案内組合、案内人管理課レイグ・オルシウスです』


「はぇ……、はいっ」


 素っ頓狂な声を上げて、フィルは反射的に通信に応える。

 リーゼを帰して、すでにガーデニアはすっかり夜の様相だ。

 けれどまだ、午後七時半。

 久しぶりに出た砂海で早々に叡力銃を使うことになったから、念入りにその手入れをしている最中だった。

 ティントに改良してもらったお陰で耐久性は格段に上昇しているが、それでも砂海の砂はしっかりと掃除しておかないと、いざというとき壊れました、では死んでも死にきれない。

 ほぼ無心でテーブルの上に叡力銃の部品を広げていたら、唐突にGDUの怖いおじさんからの通信。

 変な声も出る。


『昨日、GDUに砂海科一期生のことで連絡を入れたようですが』


「ああ、それは一応解決しました」


『そうですか。ラテからそのように報告を受けていたのですが、やはり気になりまして』


 GDUの怖いおじさん、ことレイグ・オルシウスは良く響く柔らかい声で言った。

 

「気になるって……、あれレイグさんが手回したのかと思ってたんですけど」


『私が? 何故?』


 何故って、とフィルは口を噤んだ。

 レイグはその立場上、フィルの生活に変化があれば真っ先に口を出してくる。

 何も言って来なかったのだから、今回のことは彼がGDU内で手を回したのだろうとフィルは思っていたのだ。


『私はリーゼ・スティラートの件には関与していません。ですが彼女の身元はしっかりしていますし、事情も把握しています。総合的に危険ではないと判断して、放置しています』


「…………そうですか」


 指先から力が抜けるような気がして、フィルは軽く手を握り込む。

 錯覚だ。

 

『まあ、貴方が2ndに上がりたいと言い出すのではないか、くらいには思っていますが』


「言いませんよ。今更」


『…………、無期限とは言わなかったはずですよ』


「期限なんてあってないようなもんです。別に、3rdでも困ってませんし」


 2ndに上がりたいって言ったら困るでしょう、と笑うと、レイグは沈黙した。

 彼はGDUの前身、ユニオンにおいては監守を務めていた。

 レイグは静かに息を吐く。

 それは何かを堪えるように、微かに震えて聴こえた。

 この人を困らせるのは、フィルの本意ではない。


『……ユニオン最後の咎人が、貴方で良かったですよ』


「それは、光栄です」


『本来ならば、監視も要らないはずですが』


「どうでしょう。似たようなことがあったら、俺は同じ選択をすると思いますよ」


 レイグは、「それは困ります」と苦笑する。


『……昇格停止処分どころじゃない。今度は何人助けても、死罪は免れませんよ』


「そうですね。そしたら首輪を捨てて逃げようかな」


『……縁起でもない』


 師匠を失って、力を貸してくれたのは彼らだ。

 出来ることなら、あまり迷惑をかけたくはない。

 フィルは素直に「すみません」と謝った。

 

「ありがとう、ございます」


『何故? 礼を言われるようなことは、していないと思いますが』


「言える時に言っといた方が良いんだなって、今日思ったんです」


『…………』


 フィルはふっと視線を上げた。

 変わり映えのしない部屋を照らす照明は、あの頃と同じ色だ。

 右耳を押さえて、フィルは目を閉じた。


「レイグさん、お願いがあるんですけど」


『何でしょう』


「……リーゼをどっか別のとこに異動させること、出来ないですか?」


 あの子に周りをうろうろされると、自分が何者か忘れそうになる。

 だが本来、師弟などという関係になれるはずもないのだ。


『……貴方が弟子を取ることは、禁じられていませんが?』

  

「俺が無理なんです。3rdの弟子って言われるくらいならともかく、咎人の弟子じゃ、洒落にならないでしょう」


 フィルの本当の事情を知るのはGDUでも限られた人物だけだが、それでもどこから話が広がるか判らない。

 そしてその下らない事情に、彼女を巻き込むことだけは耐えられない気がした。


「彼女の意思じゃなく、GDUからの異動命令なら経歴にも響かないですよね? やる気も相応の実力もあるし、出来るだけ良いとこに移らせてやって欲しいんです」


『……。わかりました。手は、打ちましょう』


「助かります。……よろしくお願いします」


 肩の荷が下りたように、フィルは力を抜いて椅子の背もたれに寄りかかった。

 レイグが手を打つと言ってくれたのだから、もう安心だろう。

 リーゼの両親の件は解決していないが、それは彼女が何とかする問題だ。

 臨時講師の役割も、あと少しだけ。

 それで良い。


『貴方は』


「え?」

 

 切れていなかった回線に、フィルは呆けた声で聞き返した。


『貴方は、「あの日」、自分が救った人々のことを憶えていますか?』


 あの日。

 唐突に振られた話題に、磁気酔いにも似た微かな頭痛を覚えて、フィルは首を振る。


「…………あまり。夢中でしたから」


『そうですか。それでは今、これだけは憶えていて下さい。貴方が助けた人々は、今も自分の人生を懸命に歩んでいることでしょう。それと同様に、貴方の人生もまだ終わっていない。これからも、続いていくものなんですよ』


「…………」


 何事もなかったかのように、「それでは」と締めくくって彼は通信を終わらせる。

 フィルはぼんやりと右耳を押さえたまま、笑おうとして失敗した。


 我らの誓約は血と誇りを以て、女王と王冠のもとに交わされる。


 粛清。

 あの日、「昇格停止処分」などと生温いことを言いだした解体寸前のユニオンに、フィルは誓約の文言を突き付けた。

 古より続くユニオンが掲げていた案内人の誓約は、それを破った者に厳粛なる死を謳っていたはずだと。

 ユニオンの誓約を、信奉していたわけではない。

 自棄になっていたのは確かだ。

 師匠を失って、精神的にも普通ではなかった。

 けれど、覚悟はしていたのだと、大声で言ってやりたかった。

 それは、師匠も同じだったはずだと。

 誰かを助けてその罪が軽くなるのなら、何故。

 「クラウン」は、それを禁じたのだ。

 殺すなら殺してくれと血を吐くような思いで叩き付けた言葉に、1stたちは一言だけ答えてくれた。


 それでも貴方には生きていて欲しいのだ、と。


「……俺の周りのお偉いさんは、勝手なことばっか言うなぁ」


 それは自分も同じか、とフィルは口を噤んだ。

 少しだけ懐いて来た猫を他所へやるまで、恐らく幾日もない。




 

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