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ロストクラウン  作者: 柿の木
第五章
119/175

18、誘導作戦




 閃光が効果的に散りそうな、薄闇の中。

 通行所の扉をすり抜け、乱暴に停められた輸送車まで走った。

 近くにいた個体が「何?」とばかりにふらふらと口先を揺らしたが、襲って来るどころか、追って来る気配もない。

 乗り込んだ輸送車は、息絶えたように暗く静かだ。

 ゲルドはさっさと運転席まで進むと、何故か慣れた様子でレバーやハンドルを確認する。


「ベルトは付けた? 飛ばして行くわよ」


「…ベルト、ねぇんだけど」


 運転席のすぐ後ろ。

 窓側の席に座ると、隣にちょこんとリーゼが腰掛ける。

 彼女の席も同様、安全ベルトの類は見当たらない。

 元々はあったようだが、そこは期待を裏切らない襤褸っぷりだ。

 座席間に、ベルトを留める金具だけが残っている。

 ゲルドはちらっとこちらを振り返って、「じゃあ、気合いで何とかしてちょうだい」と、さも当然と言い切る。

 うへぇ、とウォンが呻いた。

 結局ついて来た彼は、フィルたちの後ろに席を取る。

 早くも後悔していそうな、切ない顔だ。


「合図はまだ?」


 ゲルドはハンドルを握って、実に楽しそうにGOサインを待っている。

 フィルはイヤホンを押さえて、叡力銃をホルダーから抜いた。

 セットしたのは、閃光弾のカートリッジだ。


「まだ。飛ばすのは良いけど、事故んなよ?」


「いやね、フィルったら。信用してよ」


「…念のために言っておくけど、ここまで信用に足る発言は一切なかったからな」


 作戦のため、関係者のみ使用を許された砂海の回線で、状況の報告が飛び交う。

 レイグの指示で、取り残された輸送車も何とか岩壁の影までは避難したらしい。

 ラテが探知をしたところ、輸送車の退避地点は西ランス港より南南西。

 そのため、漠角の誘導は南東へとルートを取る。


「えーっと、じゃあ、左側に追い立てれば良いわけね?」


「…左。うん、進行方向、左で間違いねぇけど」


 任せて、とゲルドは親指を立てた。


『…こちらレイグ。西ランス港、準備完了。輸送車の退避も確認済みです。そちらは?』


 ウォンが、震えながら息を吸った。

 リーゼは意外と平気な顔で、頷く。

 ゲルドは、「いよいよね」と舌舐りしそうな勢いだ。


「準備、完了です」


 フィルは答えて、硝子のない窓から前方を見た。

 視界に入る漠角たちは大挙して押し寄せたくせに、やはり襲撃の色すらなく、ただそこにいる。

 一週間ほど前から目撃例が多かったらしいが、そもそも、何故。

 いや、そういうことは後回し。

 フィルは思考を止めた。

 これから、楽しいドライブだ。



『…それではこれより西ランス港、漠角誘導作戦を開始します』



 彼の声と同時に。

 ごぅ、と音を立てて、外壁から海水が降り注いだ。

 集めに集めただけはある。

 それだけで、腰を浮かせたくなるほどの音だった。

 リーゼがフィルのローブを強く掴んだ。

 ウォンも何か言っているが、聴き取れない。

 海の匂いが、立ちこめる。

 フィルにとっても嗅ぎ慣れない、異なる領域の気配。

 次いで、光が炸裂した。

 外壁側から押し出すように街道へと、幾つもの閃光が跳ねる。

 甲高く、漠角が鳴いた。

 振動で、車体が微かに揺れる。


 走り出す。


「よっしゃ、行ったわね! こっちも行くわよッ!」


 ゲルドが吼えた。

 ぎゃん、と嫌な音を上げて、車輪が回る。

 背もたれに押しつけられる感覚に、リーゼが何故か楽しげに笑い声を上げた。

 途轍もない疾走感と、やっちまった感。


「とろとろしてっと轢いちまうわよ!!」


 ゲルドは大きく右へとハンドルを切る。

 フィルは慌てて窓から手を伸ばし、前方へと閃光弾を撃つ。

 一気に駆け出した漠角たちが、轟々と声を上げて想定のルートを取る。


「こちら、フィル。漠角は予定通り南東へと」


 悲鳴のような金属音を上げて、暴走輸送車は思いっきり左へカーブした。

 右の車輪、浮いていそうな嫌な感覚。

 がしゃんと強く上下に揺さぶられ、また速度が上がる。

 若干慌てたようなレイグに、「大丈夫です」と短く答えた。


「曲がる時は言って欲しいんだけど」


「曲がったわよ」


「…事後報告」


 ともすると漠角の群はばらつき、街道全体に広がりそうになる。

 速度を落として遅れる個体を追い立て、また大群の左側へと走り閃光弾を撃つ。

 更に地割れを、そして岩を避けるため、輸送車のハンドルは激しく左右へと回る。

 背後から堪え切れない呻き声。

 そりゃ、酔いますよ。


「流石に、俺も、酔いそう」


「やだっ! 磁気酔い?」


「車酔いだっつの」


 ゲルドの余裕はわかる。

 どこへ車体を振ろうと、それは彼女の意志だから。

 けれど。

 今度は右へと曲がる。

 勢いのままフィルに身体を押しつけて、リーゼが悲鳴を上げた。

 その悲鳴がどうも、形容すると「きゃー、あはは」。


「…楽しんでません?」


 彼女はきょと、とフィルを見上げ、「楽しいです」と頷いた。


「こんなの、乗ったことないです」


「いや、俺もないけどっ」


 だん、と輸送車が弾む。

 一瞬の浮遊感。

 というか、壊れる壊れる。


「ほらっ、フィル! 撃って撃って!」


「っ!」


 とんでもない。

 何とか漠角に当てないよう、閃光弾を撃ち続ける。

 狙いがここまでぶれるのも、新鮮と言えば新鮮だけれど。

 

「っんとに、酔う!」


「私、割と平気です」


「やだわ、これだから男は愚鈍とか言われちゃうのよ。さ、リーゼちゃん、行くわよ!」


「性別関係ねぇし。前見ろ、前! 振り返って喋んな」


 音もせずに散る閃光で、悪路が照らされる。

 悪人の如く、ゲルドは哂った。


「まだまだ、これからよ」


 何が?

 ちょっと停めて、とか細い声でウォンが訴える。

 勿論、完全無視。

 せめて安全運転で、とフィルは運転席を背後から軽く蹴った。





 



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