18、誘導作戦
閃光が効果的に散りそうな、薄闇の中。
通行所の扉をすり抜け、乱暴に停められた輸送車まで走った。
近くにいた個体が「何?」とばかりにふらふらと口先を揺らしたが、襲って来るどころか、追って来る気配もない。
乗り込んだ輸送車は、息絶えたように暗く静かだ。
ゲルドはさっさと運転席まで進むと、何故か慣れた様子でレバーやハンドルを確認する。
「ベルトは付けた? 飛ばして行くわよ」
「…ベルト、ねぇんだけど」
運転席のすぐ後ろ。
窓側の席に座ると、隣にちょこんとリーゼが腰掛ける。
彼女の席も同様、安全ベルトの類は見当たらない。
元々はあったようだが、そこは期待を裏切らない襤褸っぷりだ。
座席間に、ベルトを留める金具だけが残っている。
ゲルドはちらっとこちらを振り返って、「じゃあ、気合いで何とかしてちょうだい」と、さも当然と言い切る。
うへぇ、とウォンが呻いた。
結局ついて来た彼は、フィルたちの後ろに席を取る。
早くも後悔していそうな、切ない顔だ。
「合図はまだ?」
ゲルドはハンドルを握って、実に楽しそうにGOサインを待っている。
フィルはイヤホンを押さえて、叡力銃をホルダーから抜いた。
セットしたのは、閃光弾のカートリッジだ。
「まだ。飛ばすのは良いけど、事故んなよ?」
「いやね、フィルったら。信用してよ」
「…念のために言っておくけど、ここまで信用に足る発言は一切なかったからな」
作戦のため、関係者のみ使用を許された砂海の回線で、状況の報告が飛び交う。
レイグの指示で、取り残された輸送車も何とか岩壁の影までは避難したらしい。
ラテが探知をしたところ、輸送車の退避地点は西ランス港より南南西。
そのため、漠角の誘導は南東へとルートを取る。
「えーっと、じゃあ、左側に追い立てれば良いわけね?」
「…左。うん、進行方向、左で間違いねぇけど」
任せて、とゲルドは親指を立てた。
『…こちらレイグ。西ランス港、準備完了。輸送車の退避も確認済みです。そちらは?』
ウォンが、震えながら息を吸った。
リーゼは意外と平気な顔で、頷く。
ゲルドは、「いよいよね」と舌舐りしそうな勢いだ。
「準備、完了です」
フィルは答えて、硝子のない窓から前方を見た。
視界に入る漠角たちは大挙して押し寄せたくせに、やはり襲撃の色すらなく、ただそこにいる。
一週間ほど前から目撃例が多かったらしいが、そもそも、何故。
いや、そういうことは後回し。
フィルは思考を止めた。
これから、楽しいドライブだ。
『…それではこれより西ランス港、漠角誘導作戦を開始します』
彼の声と同時に。
ごぅ、と音を立てて、外壁から海水が降り注いだ。
集めに集めただけはある。
それだけで、腰を浮かせたくなるほどの音だった。
リーゼがフィルのローブを強く掴んだ。
ウォンも何か言っているが、聴き取れない。
海の匂いが、立ちこめる。
フィルにとっても嗅ぎ慣れない、異なる領域の気配。
次いで、光が炸裂した。
外壁側から押し出すように街道へと、幾つもの閃光が跳ねる。
甲高く、漠角が鳴いた。
振動で、車体が微かに揺れる。
走り出す。
「よっしゃ、行ったわね! こっちも行くわよッ!」
ゲルドが吼えた。
ぎゃん、と嫌な音を上げて、車輪が回る。
背もたれに押しつけられる感覚に、リーゼが何故か楽しげに笑い声を上げた。
途轍もない疾走感と、やっちまった感。
「とろとろしてっと轢いちまうわよ!!」
ゲルドは大きく右へとハンドルを切る。
フィルは慌てて窓から手を伸ばし、前方へと閃光弾を撃つ。
一気に駆け出した漠角たちが、轟々と声を上げて想定のルートを取る。
「こちら、フィル。漠角は予定通り南東へと」
悲鳴のような金属音を上げて、暴走輸送車は思いっきり左へカーブした。
右の車輪、浮いていそうな嫌な感覚。
がしゃんと強く上下に揺さぶられ、また速度が上がる。
若干慌てたようなレイグに、「大丈夫です」と短く答えた。
「曲がる時は言って欲しいんだけど」
「曲がったわよ」
「…事後報告」
ともすると漠角の群はばらつき、街道全体に広がりそうになる。
速度を落として遅れる個体を追い立て、また大群の左側へと走り閃光弾を撃つ。
更に地割れを、そして岩を避けるため、輸送車のハンドルは激しく左右へと回る。
背後から堪え切れない呻き声。
そりゃ、酔いますよ。
「流石に、俺も、酔いそう」
「やだっ! 磁気酔い?」
「車酔いだっつの」
ゲルドの余裕はわかる。
どこへ車体を振ろうと、それは彼女の意志だから。
けれど。
今度は右へと曲がる。
勢いのままフィルに身体を押しつけて、リーゼが悲鳴を上げた。
その悲鳴がどうも、形容すると「きゃー、あはは」。
「…楽しんでません?」
彼女はきょと、とフィルを見上げ、「楽しいです」と頷いた。
「こんなの、乗ったことないです」
「いや、俺もないけどっ」
だん、と輸送車が弾む。
一瞬の浮遊感。
というか、壊れる壊れる。
「ほらっ、フィル! 撃って撃って!」
「っ!」
とんでもない。
何とか漠角に当てないよう、閃光弾を撃ち続ける。
狙いがここまでぶれるのも、新鮮と言えば新鮮だけれど。
「っんとに、酔う!」
「私、割と平気です」
「やだわ、これだから男は愚鈍とか言われちゃうのよ。さ、リーゼちゃん、行くわよ!」
「性別関係ねぇし。前見ろ、前! 振り返って喋んな」
音もせずに散る閃光で、悪路が照らされる。
悪人の如く、ゲルドは哂った。
「まだまだ、これからよ」
何が?
ちょっと停めて、とか細い声でウォンが訴える。
勿論、完全無視。
せめて安全運転で、とフィルは運転席を背後から軽く蹴った。




