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ロストクラウン  作者: 柿の木
第五章
118/175

17、駆け抜ける覚悟




 駄目よ、とゲルドが言った。

 嫌に、強く引き止められる。

 脇を通り過ぎる海運の女性が、一瞬こちらを見た。

 両手に、銀色のバケツ。

 中身は海水だ。

 通行所の階段下で待っていた案内人が、それを受け取る。


「何で?」


 ただその反応が疑問で、フィルは問い返す。

 ゲルドは苦い顔をした。

 また違う女性が、バケツを運んで来てフィルに押しつける。


「別に一人で事足りるだろ?」


「そういう問題じゃないわよ」


 階段の途中まで運ぶと、上から下りて来た案内人がバケツを受け取ってくれる。


「もうっ、ちゃんと聞いて!」


「聞いてるけど」


 ひょいひょいと階段を駆け下りて来たリーゼが、「結構、集まりましたよ」と状況を報告する。

 濡れた袖口とスカートの裾を、ぱんぱんと叩く。


「どうかしたんですか?」


「聞いてよ、リーゼちゃん! フィルったら、自分が追い立て役するって言うのよ」


 そんな生贄みたいに言わなくても。


 結局、レイグの方でも漠角たちの効果的な誘導法は見つけられなかったようだ。

 彼が提案した作戦は、フィルの考えとほぼ同じ。

 海水とあるだけの閃光弾で漠角たちを驚かせ、輸送車で追い立てながら砂海まで誘導する。

 その際、立ち往生している輸送車の方向へ群が走らぬよう、状況に応じて追い立て役が閃光弾で漠角たちの進路を調整する。

 何とも、シンプルな話だ。

 ラスカはプロの意見をやや不信感のある表情で、「泥臭い案内人らしい対処法」と評し、

 レイグは笑いもせずに「せめて砂臭いと言って頂きたいですね」と答えた。

 胃がきりきりするやり取りは、けれどそれであっさり纏まった。

 

 問題は、何故かフィルを止めようとするゲルド。


「別にフィルじゃなくても出来るでしょ」


「俺でも出来るよ」


「っていうか運転出来るの!?」


「アクセル踏めば走るだろ」


「嫌! 適当!!」


 ふるふるっとゲルドは頭を振った。


「輸送車走らせながら叡力銃撃つって? あの街道をこの暗い中走るのよ? 危ないし、確実じゃないわ。そんな暴走ちゃんみたいなことしないでよ!」


「しないでよって」


 かと言って、輸送車の運転手は一般人。

 すでに海運の建物に避難してしまっている。

 誰かに丸投げしても良いが、作戦の立案に関わった責任がある。

 そもそも、囮として死んでくれという話ではない。

 ゲルドの必死さが、理解出来ない。


「じゃあ、私が運転しましょうか?」


「あっさり立候補しちゃ駄目!」


 リーゼはころころ笑って、「だって、どうせ私も行きますし。ね」と同意を求める。


「え」


「弟子を同行させられないようなことをしに行く訳じゃ、ないですもんね」


「………」


 やはり手強くなって来た。

 ゲルドは自分の腕を抱きかかえるようにして、「もーっ」と叫ぶ。


「リーゼちゃんも運転なんてしたことないでしょ!」


「あのさ」


「煩いわね! 取り込み中よッ!」


 声をかけて来たウォンがびくっと跳ねた。

 海水を運んだ後なのだろう、服のあちこちが濡れている。

 彼は怯えた顔で、フィルを見た。


「どした?」


 促すと、意を決したように彼は瞬いて、「オレも行きたい」と予想外の言葉を口にする。


「あのさ、その子が運転するよりはオレが走らせた方が、良いんじゃね?」


「嫌、もっと不安よ!」


 ばっさり、ゲルドが言い切る。

 口にはしないが、リーゼも同じ意見らしい。

 ウォンは空気を察して項垂れるが、何故か退かない。


「…何も役に立たないかもしんねーけど、乗せてくれるくらい、良いだろ」


「で、全部自分の功績ですか?」


 嫌味、というよりは正面切った非難だった。

 リーゼは「そういうの、どうかと思います」と静かに責める。

 はっと顔を上げた彼は、「ごめん」と謝った。

 見栄を張りたかっただけだろう。

 フィルは「別に良いよ」とさっさと話題を戻す。


「外壁の上から海水ぶちまけたりする役に比べて、危険があんのは確かだけど? 良いの?」


「…………ああ」


「ふぅん」


 面白いことをしに行くわけではない。

 首を傾げたフィルに、ウォンは耐え切れないようにぎゅっと眼を瞑った。


「オレの……せいかもしれないし」


 ああ、なるほど。

 あの漠角を嬲り殺した自覚は、あるようだ。

 まあ、それを言ったら、息の根を止めたのはフィルだけれど。

 

 夕焼けが、色を失う。

 夜が近い。

 案内人たちに指示を出していたエラ・ディーネの男がふぅふぅ言いながら、階段を下りて来る。

 ラスカがフィルを呼ぶ。

 もう始まる。

 ゲルドが、唐突に「良いわ」と言った。


「私が運転する」


「経験、あんの?」


「あるわよ。あの輸送車なら、何度も走らせたわ」


「…………」


「心の中で」


「それはないのと同じだろ」


 吹っ切れた彼女は、「あーら」と妙に余裕ぶって微笑んだ。


「じゃあ、リーゼちゃんに頼む? それともそっちの2ndくん? ああ、一般人の運転手さんを呼び戻しても良いのよ?」


 一度転がしてみたかったのよ。

 ゲルドは勝ち誇ったように、セピア色の髪を指で払った。

 赤い舌で、唇を濡らす。


「さァ、選んでよ。フィル」

 

 あの、一人で行きたいんですけど。 

 リーゼが笑顔で、「私、やったことないけど、運転頑張りますよ?」と見当違いの補足を入れた。

 ささやかな願いは、誰にも聞いてもらえないらしい。






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