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ロストクラウン  作者: 柿の木
第五章
116/175

15、確執の陰

 



「それじゃあ、一体何のための案内所だ」


 凛と響いた声に、フィルとリーゼは同時に振り返った。

 先程まで粛々と指示を出していたラスカが、かなりの剣幕で相手を責めている。

 傍に控えていたゲルドが、フィルたちの方を見て困ったように眉を寄せた。

 取締に責められて頭を垂れているのは、エラ・ディーネで対応に出てくれた男だ。


「…うちはそういう業績は一切ないんです。報告が手一杯で――…」


 弱り切った声は語尾まで聴き取れない。

 通行所を守っている案内人たちも、ちらちらと気遣わしげにやり取りを見守っている。


「業績の有る無しじゃない。そちらはご立派な連絡手段を持っているだろう。1stにでもクラウンにでも対応策を挙げさせろ」


「無茶言わないで下さいよ。GDUは問い合わせが殺到してるのか、全然通信が繋がらないし…。他人のせいばかりにしないで、そちらが動いたらどうなんですか」


「海運は砂海に関しちゃ素人と変わらない。有効な対策を講じるのは、プロの仕事だろう」


 住民たちがすでに近辺から避難していたのは、幸いかもしれない。

 海運と案内人の確執か。

 あまりに、不安になる会話だ。

 男は頭を掻いて、「そうは言いますがねぇ」と一々はっきりしない。

 集まった案内人たちも、セイレス海運の取締に従うべきか、エラ・ディーネ案内所のお偉いさんに従うべきか、判断に迷っているのだろう。

 見兼ねたのか、リーゼがぱっと駆け出す。

 この剣呑な二人の間に入って行こうというのだから、我が弟子ながら大したものだ。

 フィルは華奢な背中を見送りながら、携帯通信端末を操作する。


「『ユレン・コート』ルートを移動中の認可案内人に関しては、GDUが対応してくれていると思います」


 唯一この件に言及した通信内容を、リーゼは端的にラスカに告げた。

 それすら知らなかったのだろう。

 取締はさっさと男に背を向け、リーゼに向き直る。


「なるほど。他に情報は?」


「……ありません。砂海の回線もずっと沈黙したままで」


「フィル」


 心配そうなゲルドに、フィルは首を振った。

 さっきからGDUに通信を入れているが、コール音が延々流れるだけ。

 GDUの通達が情報端末を媒介に拡散し、国内外から通信が殺到しているのだろう。

 この具合では、セイレス海運の通信も同様かもしれない。


「情報はGDUの方が持ってそうなんだけどな」


 恐らくは『ユレン・コート』ルートにいた案内人たちから連絡が行っているはずだ。

 西ランス港とGDUで直接連絡を取りたいところだが。


「…オレたちで、退治しましょう」


 通行所の扉から離れ、こちらに歩み寄って来たのはウォンだ。

 追い詰められたような白い顔をしているが、はっきりとそう言う。


「あいつらが大人しくしてるうちに、先手を取りましょうよ! 攻め込まれてからじゃ、遅いっす」

 

 彼は振り返って、案内人たちに同意を求める。

 ちらほらと頷きが返って、ウォンは「指示を」と眉を下げた男に頼む。


「気持ちはわかるが、迂闊には動けない。GDUの通信を待とう」


 男は額の汗を拭きながら、まだ若い彼を諌める。


「悠長なこと言ってて良いんすか!? 連絡取れないんすよね」


 相手は一応上司だろうに、ウォンは必死だ。

 一人でも行きますと飛び出しかねない勢いに、傍で見ていたラスカが腕組みをして笑う。


「活きが良いのも、いるじゃないか」

 

 青年は取締を見て、頷く。

 じゃあ行きな、と言いそうな雰囲気だ。

 見兼ねたゲルドが口を挟む。


「ちょっとちょっと待って。ね、フィル。黙ってないで何とか言ってよ」


「…………………」


 フィルはイヤホンを押さえたまま、視線だけ上げる。


「まだGDUに通信入れてるんですか? どうせ通じませんよ」


 ふぅ、と投げやりな調子で男が息を吐いた。

 彼もラスカも、やはり苛立っている。

 程度の差はあれ、結局は混乱しているのだろう。

 イグの自警団のような結束を求めるわけではないが、これはあまりよろしくない。


「どこに通信を入れてるんですか?」


 GDUではないとわかっているのだろう。

 リーゼが不思議そうに首を傾げる。

 あまり借りは作りたくないが、応答を求める相手は彼。

 コール音が、切れた。



『こちらはガーデニア砂海案内組合、案内人管理課レイグ・オルシウスです』



 通じた。


「レイグさん、フィルです」


 どちら様、と視線が集まるが説明している暇がない。

 通信相手は常より早口で答える。 


『どうしました? 御存知かもしれませんが、取り込み中で』


「知ってますよ。今、西ランス港です」


 レイグが嘆息した。


『助かりました。エラ・ディーネにもセイレス海運にも通信が繋がらない状態でして。今、そちらは?』


「セイレス海運の取締が指示を出して、大きな混乱は起きていません。ただ情報が全く入って来ない」


『なるほど。戦力は?』


「案内人が二十程度。叡力兵器みたいなものはー…」


 フィルの言葉に、ラスカが首を振る。


「ないようです」


『わかりました。このまま、取締と話し合います。仲介して下さい』


「了解です」


 会話の断片で、ラスカはすでに状況を把握したようだ。

 軽く頷いてフィルに近付く。


「…レイグって」


 小さく、エラ・ディーネの男が呟いた。

 考え込んで、思い当たったのか。

 年齢からして、レイグの以前の役職を知っているのだろう。

 何とも言えない顔をして、フィルを見た。


「1stじゃないけど、GDUの関係者。ラスカさん、早急に対策を」


 ざっくりと説明して、ラスカに視線を向ける。 


「…良いだろう。どんな手を使ったんだか知らないが、乗ってやろうじゃないか。案内人」


 ウォンの言葉は、正しい。

 取れるのならば、先手は取るべきだ。

 彼はフィルと視線が合うと、少し気まずそうに爪先に視線を落とした。







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