15、確執の陰
「それじゃあ、一体何のための案内所だ」
凛と響いた声に、フィルとリーゼは同時に振り返った。
先程まで粛々と指示を出していたラスカが、かなりの剣幕で相手を責めている。
傍に控えていたゲルドが、フィルたちの方を見て困ったように眉を寄せた。
取締に責められて頭を垂れているのは、エラ・ディーネで対応に出てくれた男だ。
「…うちはそういう業績は一切ないんです。報告が手一杯で――…」
弱り切った声は語尾まで聴き取れない。
通行所を守っている案内人たちも、ちらちらと気遣わしげにやり取りを見守っている。
「業績の有る無しじゃない。そちらはご立派な連絡手段を持っているだろう。1stにでもクラウンにでも対応策を挙げさせろ」
「無茶言わないで下さいよ。GDUは問い合わせが殺到してるのか、全然通信が繋がらないし…。他人のせいばかりにしないで、そちらが動いたらどうなんですか」
「海運は砂海に関しちゃ素人と変わらない。有効な対策を講じるのは、プロの仕事だろう」
住民たちがすでに近辺から避難していたのは、幸いかもしれない。
海運と案内人の確執か。
あまりに、不安になる会話だ。
男は頭を掻いて、「そうは言いますがねぇ」と一々はっきりしない。
集まった案内人たちも、セイレス海運の取締に従うべきか、エラ・ディーネ案内所のお偉いさんに従うべきか、判断に迷っているのだろう。
見兼ねたのか、リーゼがぱっと駆け出す。
この剣呑な二人の間に入って行こうというのだから、我が弟子ながら大したものだ。
フィルは華奢な背中を見送りながら、携帯通信端末を操作する。
「『ユレン・コート』ルートを移動中の認可案内人に関しては、GDUが対応してくれていると思います」
唯一この件に言及した通信内容を、リーゼは端的にラスカに告げた。
それすら知らなかったのだろう。
取締はさっさと男に背を向け、リーゼに向き直る。
「なるほど。他に情報は?」
「……ありません。砂海の回線もずっと沈黙したままで」
「フィル」
心配そうなゲルドに、フィルは首を振った。
さっきからGDUに通信を入れているが、コール音が延々流れるだけ。
GDUの通達が情報端末を媒介に拡散し、国内外から通信が殺到しているのだろう。
この具合では、セイレス海運の通信も同様かもしれない。
「情報はGDUの方が持ってそうなんだけどな」
恐らくは『ユレン・コート』ルートにいた案内人たちから連絡が行っているはずだ。
西ランス港とGDUで直接連絡を取りたいところだが。
「…オレたちで、退治しましょう」
通行所の扉から離れ、こちらに歩み寄って来たのはウォンだ。
追い詰められたような白い顔をしているが、はっきりとそう言う。
「あいつらが大人しくしてるうちに、先手を取りましょうよ! 攻め込まれてからじゃ、遅いっす」
彼は振り返って、案内人たちに同意を求める。
ちらほらと頷きが返って、ウォンは「指示を」と眉を下げた男に頼む。
「気持ちはわかるが、迂闊には動けない。GDUの通信を待とう」
男は額の汗を拭きながら、まだ若い彼を諌める。
「悠長なこと言ってて良いんすか!? 連絡取れないんすよね」
相手は一応上司だろうに、ウォンは必死だ。
一人でも行きますと飛び出しかねない勢いに、傍で見ていたラスカが腕組みをして笑う。
「活きが良いのも、いるじゃないか」
青年は取締を見て、頷く。
じゃあ行きな、と言いそうな雰囲気だ。
見兼ねたゲルドが口を挟む。
「ちょっとちょっと待って。ね、フィル。黙ってないで何とか言ってよ」
「…………………」
フィルはイヤホンを押さえたまま、視線だけ上げる。
「まだGDUに通信入れてるんですか? どうせ通じませんよ」
ふぅ、と投げやりな調子で男が息を吐いた。
彼もラスカも、やはり苛立っている。
程度の差はあれ、結局は混乱しているのだろう。
イグの自警団のような結束を求めるわけではないが、これはあまりよろしくない。
「どこに通信を入れてるんですか?」
GDUではないとわかっているのだろう。
リーゼが不思議そうに首を傾げる。
あまり借りは作りたくないが、応答を求める相手は彼。
コール音が、切れた。
『こちらはガーデニア砂海案内組合、案内人管理課レイグ・オルシウスです』
通じた。
「レイグさん、フィルです」
どちら様、と視線が集まるが説明している暇がない。
通信相手は常より早口で答える。
『どうしました? 御存知かもしれませんが、取り込み中で』
「知ってますよ。今、西ランス港です」
レイグが嘆息した。
『助かりました。エラ・ディーネにもセイレス海運にも通信が繋がらない状態でして。今、そちらは?』
「セイレス海運の取締が指示を出して、大きな混乱は起きていません。ただ情報が全く入って来ない」
『なるほど。戦力は?』
「案内人が二十程度。叡力兵器みたいなものはー…」
フィルの言葉に、ラスカが首を振る。
「ないようです」
『わかりました。このまま、取締と話し合います。仲介して下さい』
「了解です」
会話の断片で、ラスカはすでに状況を把握したようだ。
軽く頷いてフィルに近付く。
「…レイグって」
小さく、エラ・ディーネの男が呟いた。
考え込んで、思い当たったのか。
年齢からして、レイグの以前の役職を知っているのだろう。
何とも言えない顔をして、フィルを見た。
「1stじゃないけど、GDUの関係者。ラスカさん、早急に対策を」
ざっくりと説明して、ラスカに視線を向ける。
「…良いだろう。どんな手を使ったんだか知らないが、乗ってやろうじゃないか。案内人」
ウォンの言葉は、正しい。
取れるのならば、先手は取るべきだ。
彼はフィルと視線が合うと、少し気まずそうに爪先に視線を落とした。




