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ロストクラウン  作者: 柿の木
第五章
112/175

11、海運の主




 融通が効くという言葉は、本当だったようだ。

 エントランスに設けられた受付で、ゲルドは一言二言説明するとにこにこして戻って来た。


「邪魔しなきゃ良いって。さ、リーゼちゃん、しっかり見てってね」


 吹き抜けの天井にはシャンデリアが、幅のある階段には深紅の絨毯が敷かれている。

 そう広い建物ではないはずだが、最早城だ。


「じゃ、まずはここの主に会いに行かなきゃ」


「取締さんですか? でも、お忙しいんじゃ…」


「ちょこっと挨拶するくらい平気よぉ」


 まるで自分の家のような顔で、ゲルドは階段を上がる。

 海運関係者も特に気にした様子もなく、すれ違いざま軽く頭を垂れる。


「セイレス海運って全体が女系なの。ほら、女の子しかいないでしょ? 一応、男の子もいるみたいだけど、相当少ないんじゃないかしら」


「力仕事とか、男性がいた方が良いような気もしますけど」


「あら、女だって力を合わせれば大抵の物は運べるわよ」


「そう、ですけど。偏りがあるのって、不自然じゃないですか?」


 案内人も、多少は偏りがある。

 けれど、海運のそれは病的だ。

 水色の制服を着た海運の人間は、今のところ女性のみ。


「『男は愚鈍で盲目、自分たちが女より優れていると勘違いしている生き物だ』っていうのが、取締の主張なのよ」


「……は、はぁ」


 その通りですね、とか言われなくて良かった。

 リーゼは納得し切れない表情で、「凄い持論ですね」と呟く。


「心当たりない?」


「いえ、幸運なことに」


「リーゼちゃんたら、断言したわね。良かったじゃない? フィル」


 そりゃあ、安心したけれど。


「……てか、その持論の持ち主に会いに行くわけ?」


「そうよ?」


「……………じゃ、俺、外で待ってるわ」


 ゲルドは扉が並ぶ長い廊下の途中で立ち止まると、「大丈夫よ」と良く判らない保証をする。


「アタシ、乙女だし」


「おたくのことは心配してねぇよ」


「あら、リーゼちゃんのこと? 尚更心配いらないわ。毛嫌いしてる案内人でも、頑張ってる女の子は応援してくれる人だもの」


 わかってやってんな、こいつ。

 ゲルドは「それに」とカーディガンを靡かせて、ふわりと手を揚げた。

 そのまま、目の前の扉を軽くノックする。

 金色の装飾が入った扉の向こうから、良く透る返答。


「こんにちは、ラスカさん。ゲルドです」


 勉強に来たんでしょ?

 ゲルドは悪気のない笑みを作って、あっさりと扉を開けた。



 陽射しが入る飾り窓を背に、その人は手にしていた資料を机の上に置いた。

 かけていた眼鏡を外すと、音も立てずに立ち上がる。

 雪白の髪は清々しく短く、化粧気のない肌は浅黒い。

 ルレンより遥かに年上に見えるが、立ち振る舞いは戸惑うほど壮健だ。

 海運の女性たちと同じ、水色のパンツスタイルが恐ろしいほど似合う。

 美しい人、なるほど否定は出来ない。


「どうした、客か?」


 視線を向けられて、フィルとリーゼは頭を下げた。

 この人にかかれば、「男は愚鈍」もあながち否定しきれないような雰囲気がある。

 セイレス海運の取締。

 隣国の領海をでかい顔して渡って見せる度量だ。


「お客というか、アタシの知り合いなんです。西ランス港のお勉強中で、ぜひ取締にお会いしたいっていうから」


 フィルと、こっちがリーゼちゃん。

 ゲルドがさっさと紹介を済ませる。


「そうか。ようこそ、私がセイレス海運の取締、ラスカ・コートだ」


 意外にもにこやかに、彼女は握手を求める。


「あ、ありがとうございます」


 緊張した様子のリーゼに笑みを深め、取締はリーゼの手を優しく握る。

 無視をされることもなく、ラスカはそのままフィルにも手を伸ばした。


「初めまして。お会い出来て、光栄です」


 握った手は、あちこち節くれ立って固い。

 歳のせいだけでは、ないだろう。

 彼女は強くフィルの手を握って、居心地が悪くなるほど真っ直ぐに眼を見つめて来た。

 鋭い、気配。


 速かった。


 握った手を思い切り強く引かれる。

 反射的に、爪先から力を抜いた。

 伸ばされた左手が視界の端を掠める。

 フィルは身体を捻って、その手を払う。

 そのまま、握ったままの右手で相手を押した。

 ふ、と鼻から漏れるような微かな笑い。

 フィル自身驚くほど手加減なく突き飛ばしたが、ラスカは平気な顔で軽くステップを踏んで後退した。


「なるほど、ゲルドが連れて来ただけはある」


 茫然とするリーゼの隣で、ゲルドがやけに嬉しそうに「でしょ?」とはしゃぐ。

 でしょ、じゃねえよ。

 とんでもねぇババアだ、と思ったが、流石に口には出せない。


「随分と、個性的な挨拶で」


 一応嫌味を返すが、取締は涼しい顔で「仕方がない」と答えた。


「私は男も案内人も嫌いだからな」


「…男で案内人ですが、お会いするのは初めてですよね。初対面の相手にすることとは、思えませんが」


「か弱い老人を遠慮なく突き飛ばしておいて、言ってくれる」


 どこが、か弱い?

 彼女は哄笑して、「まあ、いいだろ」と一人納得する。


「本当なら叩き出すところだが、少しくらいは時間をやろう。聞きたいだろ? 色々と」


 ラスカは机の上の通信機を取ると、「客人だ。適当な飲み物を頼む」と指示して、フィルたちにソファを勧めた。

 リーゼが神妙な面持ちで、「私も、砂海案内人なんですが」と断わりを入れる。

 彼女は「ああ」と頷いて、


「案内人は嫌いだが、低レベルな男社会で頑張っている子は嫌いじゃない。安心しな」


 酷い差別発言を、爽やかに言ってのけた。






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