8、街道を車に乗って
追いついて来た団体さんと、同じ定期輸送車に乗った。
西ランス港までの短い街道は舗装もされていない荒野。
砂海との曖昧な境界を抜けると、地面はあちこち隆起し人の背丈より遥かに高い岩壁となる。
街道とは名ばかり、岩や地割れを避け蛇行する細い道だ。
挙句、定期輸送車は走れりゃ上等の襤褸。
二台で往復しているが、どちらも残念ながら大差がない。
ごく初期の叡力機関で動いているらしいから仕方がないが、遠慮なく音を立てる上車内には灯りもない。
一部ゲルドのような変わり者にとっては堪らない渋さに見えるらしく、毎年「良いわ、一度転がしてみたいものね」と至極遠慮したい発言をする。
まともな運転手がアクセルを踏んでも、間違いなく絶叫系だと言うのに。
陽の落ちた薄暗闇の中をひたすらに揺られ、ようやく見えて来たのが外壁の暗い影。
リーゼが硝子のない窓からそれを見上げて、首を傾げる。
「…低く、ないですか? 外壁」
「低いよ」
道の凹凸で、車体が跳ねる。
きぃい、と襤褸は悲鳴を上げた。
「ウェルトットとかイグなんかと比べて、西ランス港って砂獣被害が殆どないんだよな。だから改修とかしてねぇんだって」
「砂獣が迷い込んだりしないってことですか?」
前に座っていたゲルドが、振り返って「そうなの」と答える。
「砂獣って、砂海の砂がないとこにはあんまり積極的に踏み込まないって話よ? ほら、例の磁気が弱くなると自分の生活圏内じゃないって思うんですって。海風を嫌がるって話もあるし」
「それ、何か研究とかされてるんですか?」
「や、そんな大層な話じゃなくてさ。そーだろーみたいな?」
「不安じゃないんですか?」
さあ、とフィルは首を傾げる。
証拠がなくても「今までない」、ただそれだけのことで人は安心出来るらしい。
乱暴なブレーキで、速度が急激に落ちる。
乗客たちがのろのろと下車の準備を始めた。
「不思議ですね。こうやって輸送車が走ってるのにも驚きましたけど」
フィルは笑って、頷く。
「最初は抵抗あるだろ。砂海近いし」
「はい。結構、音立てて走っていますし、その、何か追って来たってことはないんですか?」
「まあ、砂海近くではあるみたいだけど、街の近くまでしつこく追って来たって話はあんま聞かないな。向こうだって、見知らぬでかいもんを延々追いかけるほど馬鹿じゃないんだろ」
人喰いなんかに当たったら、と思わなくもないが、そのレベルだともう何かに乗っていようがいまいがあまり差はなさそうだ。
ぎぎ、とまた金属音を響かせて、がくんと車体が停まる。
完全に輸送車が停車すると、運転手が素っ気ない口調で「西ランスこーう」と乗客に声をかけた。
ゲルドの大荷物を支えつつ、輸送車を降りる。
そのまま、乗客の流れに乗って小さな通行所を抜けた。
視界が開けた先は、西ランス港。
ゲルドが自慢げに振り返る。
「とうちゃーく!」
鼻先を掠めるのは、砂の匂いより強い潮の香り。
整然と並んだ街灯が、港へと続く緩やかな下り坂を照らしている。
「あ…、何か、思っていたのと違います」
忙しく辺りを見回すリーゼに、ゲルドが「もっと冴えない街だと思ってた?」とからかうように問いかける。
「だって、最後あんな輸送車に乗って来たんですよ? 大きな街じゃないっていうのは砂海科でも習っていましたし」
「ウェルトットより小さな街なことは確かだけど。このこざっぱりした感じは、砂海近くの街じゃあんまないよな」
「こざっぱりって…。やだわ、フィル。オシャレって言いなさいよ」
肩を竦めたフィルに、リーゼが声を殺して笑う。
「ま、いいわ。それよりこうして無事に目的地に着いたことだし、ディナーよ! ディナー」
「ディナー、ですか?」
「そ。お腹空いたでしょ? リーゼちゃんとは初めての砂海だったし、記念に奢っちゃう!」
じゃ、準備出来たらもう一回ここに集合ね、とゲルドは荷物の割に軽い足取りで去って行く。
ぽかんとしているリーゼの肩を叩いて、フィルは坂道の先を指差す。
「俺たちも、部屋取りに行きますか」
「…案内人のお宿は例のあれ、ですよね?」
「うん、まあ、申し訳ないとは思うけど」
リーゼは「良いんです」とフィルの言葉を遮った。
「私、ああいう宿、結構好きですし」
初めてGDUの宿泊所に入った時と同じ、きらきらした眼をして弟子は微笑む。
「さ、行きましょう。今回も個室、取れると良いですね」
「え、ああ、うん」
それは何より、とフィルは勢いに飲まれたまま答えた。




