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ロストクラウン  作者: 柿の木
第五章
106/175

5、救援要請




 休憩を挟みつつ、Y45地点を越えた。

 出発してすぐ遭遇した砂獣以外は、遠くを駆けて行く影を見たくらいだ。

 ゲルドと一緒にしては、比較的平和な旅路。

 纏わりつく熱気を残して、夕陽が沈もうとしている。

 サナの時とは違い、最初の警戒はどうしたのか。

 リーゼとゲルドはすっかり打ち解けた様子で、尽きぬお喋りを続けている。

 フィルは大体この辺りまで来ると、適当な感嘆詞を使い過ぎて怒られるのが常だが、これは実に良い役割分担だ。

 低いハスキーボイスに、リーゼが柔らかく合いの手を入れる。

 話題も繰り返しではなさそうだし、フィルはフィルで周りに集中出来る。


「わかるわ! 新しい服って、せっかく買ったのに着て行くのに勇気がいるのよね。特に、見せたい相手がいると」


「それで、今日もこれなんです。吃驚ですよね。一期生でまだ制服使ってるの、多分私くらいです」


「えー、でもそれ可愛いわ。そうだ! アタシのスカーフみたいに、ちょっとアレンジとかしてみたら?」


 元気だ。

 女子、凄い。

 フィルは次のフロートの光を確かめて、ルートを取る。

 夏の砂海だが、流石はゲルド。

 あの様子では気分が悪くなるどころか、高揚していそうだ。

 少し心配していたが、リーゼも特に変調は見られない。

 これならば、日没と同時に街道に出られるかもしれない。

 すぅっと風で砂が舞って行く。

 吸い込む空気も、熱い。

 



『………―――、―――――……』




 ざざっと、嫌な雑音を伴って、唐突に通信が入った。

 これは。

 イヤホンを押さえたが、とても声を拾える通信状態ではない。

 顔色を変えたリーゼに、ゲルドは「何かあったのね?」と低く問う。


「…フィルさ」


 フィルは立ち止まったまま、「し」と沈黙を促す。

 このまま平和に終わらないのが、彼女との旅路だ。


『……Y――、……ん、―――――――を、』


 微かに入った声。

 切羽詰まった、息づかいの向こう。

 何故か、酷い耳鳴りのように脳髄を揺らす音。

 嫌な、音だ。

 フィルは思わずイヤホンを僅かに浮かせる。

 

『……か、―――を』


 こんな通信は、十中八九救援要請。

 うっかり断末魔が通信に入ることも珍しくないが、余裕のなさはともかく怪我をしているという感じではなさそうだ。

 フィルはゆっくりと応答する。


「こちら1247、救援に向かう。地点情報を繰り返せ」


『Y―……』


 近い。

 さっと次のフロートを見た。

 あと三つ先。

 間に合う。


「了解、Y48地点に救援に向かう」


『…………――』


 安堵したような吐息を最後に、通信が切れる。


『こちら1709、現在Y30地点。同行者が多い、救援は1247に任せる』


『2045、現在Y10地点。救援には向かえそうにないです。すみません』


『こちらもすでにガーデニアだ。すまん、救援には間に合わん。1247、無事を祈る』


『2167、お客さんがダメだって。ごめん、1247、頼んだー』


 ばらばらと案内人たちが通信を入れる。

 基本的に救援要請には応えなければならないが、客が許可しないことも多い。

 そもそも、近くに動くことの出来る案内人がいないこともある。

 珍しいことではないが、増援は期待出来そうにない。


「救援要請ね? 砂獣かしら」


「だろーな」


 ゲルドに答えて、フィルは叡力銃をホルダーから抜いた。


「今の、聴き取れなかったです」


「そのうち慣れるって。俺も最初ん時は、何言ってんのかさっぱりだったし」


 唇を噛んだリーゼは、強張った表情で頷く。

 救援要請を聴くのは、恐らく初めてだろう。

 凄惨な通信にならなくて、良かった。


「…行くんですよね?」

 

 リーゼは無意識か、ベルトの剣にそっと触れる。

 フィルはちらとゲルドを見て、「うちのお客さんは、交戦大歓迎らしいし」と笑う。


「更に、商品追加ね! さ、行きましょ!」


 歩き慣れ過ぎているのも、考えものかもしれない。

 ゲルドは大荷物を背負い直すと、先頭を切って次のフロート目指して歩き出した。






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