5、救援要請
休憩を挟みつつ、Y45地点を越えた。
出発してすぐ遭遇した砂獣以外は、遠くを駆けて行く影を見たくらいだ。
ゲルドと一緒にしては、比較的平和な旅路。
纏わりつく熱気を残して、夕陽が沈もうとしている。
サナの時とは違い、最初の警戒はどうしたのか。
リーゼとゲルドはすっかり打ち解けた様子で、尽きぬお喋りを続けている。
フィルは大体この辺りまで来ると、適当な感嘆詞を使い過ぎて怒られるのが常だが、これは実に良い役割分担だ。
低いハスキーボイスに、リーゼが柔らかく合いの手を入れる。
話題も繰り返しではなさそうだし、フィルはフィルで周りに集中出来る。
「わかるわ! 新しい服って、せっかく買ったのに着て行くのに勇気がいるのよね。特に、見せたい相手がいると」
「それで、今日もこれなんです。吃驚ですよね。一期生でまだ制服使ってるの、多分私くらいです」
「えー、でもそれ可愛いわ。そうだ! アタシのスカーフみたいに、ちょっとアレンジとかしてみたら?」
元気だ。
女子、凄い。
フィルは次のフロートの光を確かめて、ルートを取る。
夏の砂海だが、流石はゲルド。
あの様子では気分が悪くなるどころか、高揚していそうだ。
少し心配していたが、リーゼも特に変調は見られない。
これならば、日没と同時に街道に出られるかもしれない。
すぅっと風で砂が舞って行く。
吸い込む空気も、熱い。
『………―――、―――――……』
ざざっと、嫌な雑音を伴って、唐突に通信が入った。
これは。
イヤホンを押さえたが、とても声を拾える通信状態ではない。
顔色を変えたリーゼに、ゲルドは「何かあったのね?」と低く問う。
「…フィルさ」
フィルは立ち止まったまま、「し」と沈黙を促す。
このまま平和に終わらないのが、彼女との旅路だ。
『……Y――、……ん、―――――――を、』
微かに入った声。
切羽詰まった、息づかいの向こう。
何故か、酷い耳鳴りのように脳髄を揺らす音。
嫌な、音だ。
フィルは思わずイヤホンを僅かに浮かせる。
『……か、―――を』
こんな通信は、十中八九救援要請。
うっかり断末魔が通信に入ることも珍しくないが、余裕のなさはともかく怪我をしているという感じではなさそうだ。
フィルはゆっくりと応答する。
「こちら1247、救援に向かう。地点情報を繰り返せ」
『Y―……』
近い。
さっと次のフロートを見た。
あと三つ先。
間に合う。
「了解、Y48地点に救援に向かう」
『…………――』
安堵したような吐息を最後に、通信が切れる。
『こちら1709、現在Y30地点。同行者が多い、救援は1247に任せる』
『2045、現在Y10地点。救援には向かえそうにないです。すみません』
『こちらもすでにガーデニアだ。すまん、救援には間に合わん。1247、無事を祈る』
『2167、お客さんがダメだって。ごめん、1247、頼んだー』
ばらばらと案内人たちが通信を入れる。
基本的に救援要請には応えなければならないが、客が許可しないことも多い。
そもそも、近くに動くことの出来る案内人がいないこともある。
珍しいことではないが、増援は期待出来そうにない。
「救援要請ね? 砂獣かしら」
「だろーな」
ゲルドに答えて、フィルは叡力銃をホルダーから抜いた。
「今の、聴き取れなかったです」
「そのうち慣れるって。俺も最初ん時は、何言ってんのかさっぱりだったし」
唇を噛んだリーゼは、強張った表情で頷く。
救援要請を聴くのは、恐らく初めてだろう。
凄惨な通信にならなくて、良かった。
「…行くんですよね?」
リーゼは無意識か、ベルトの剣にそっと触れる。
フィルはちらとゲルドを見て、「うちのお客さんは、交戦大歓迎らしいし」と笑う。
「更に、商品追加ね! さ、行きましょ!」
歩き慣れ過ぎているのも、考えものかもしれない。
ゲルドは大荷物を背負い直すと、先頭を切って次のフロート目指して歩き出した。




