表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストクラウン  作者: 柿の木
第五章
105/175

4、悪食の憧憬




「砂獣を食べちゃう話、さっきしたでしょ?」


「はい」


「その手のマニアは、いくら出しても食べたい砂獣っているのよ」


 例えば、『人喰い』。

 ゲルドが平然と出した呼称に、リーゼはさっと表情を曇らせる。

 当たり前だ。

 あれはその名の通り、人を好んで喰う砂獣。

 それを「食べたい」とは、普通の人間はまず思わない。


「でも」


「そう、『人喰い』はGDUが食べちゃダメって規制してるの。始末もGDUがしちゃうし、サンプルが研究用に取られるくらいかしら。ニセモノはともかく、出回ったって話は聞いたことないわ。でもね、そうなると食べてみたくなっちゃうのが、人間じゃない?」


「私は、どうぞと言われても食べたいとは思いませんけど」


「ふふ、でもその肉に、首都に家構えるくらいの金額を平気で出すって言ってる人、結構いるのよ」


 通り過ぎるフロートをぽんぽんと叩いて、ゲルドは続ける。


「まして、『女王』なら」


「え…」


「知ってる? 『女王』を食うと不老不死になるって話」


 リーゼは少し考え込んでから、「如何にもありそうな話です」と冷静に返す。

 ゲルドは首を振った。


「あら、エルランス地方には伝わってるのよ? 女王に生贄として捧げられたはずの男が生きて帰って来て、その後歳も取らずに一三〇年以上生き続けたって」


「…砂海って、そういう根も葉もない噂話、多いですよね」


「根も葉もないって感じじゃないのが、この話の面白いとこなのよ!」


 嬉々としたゲルドに対して、リーゼは終始冷めた目で相槌を打つ。


「その男、どこの誰かちゃーんとわかってて、子孫も普通に生活してるの。少なくとも、モデルになった人物がいたことは確かでしょう?」


「…本当ですか?」


 リーゼは敢えてフィルに問いかける。

 嘘でしょう、と顔に書いてある。

 初めての客に胡散臭い話でからかわれたことが、尾を引いているのだろう。


「さあ」


 素っ気ないフィルの返答に、リーゼはつまらなそうに口を噤む。

 サナの怖い話同様、半分からかわれていると思っているのかもしれない。

 砂海の怖い話は面白がってする「嘘」に近いが、ゲルドの話題は残念ながら少しばかり意味合いが違う。

 ゲルドは砂間をじっと見つめる。


「何でも、その男。人の死肉を好むようになっちゃったらしいの。これは、ホント」


「何で、『本当』ってわかるんです?」


「男の家族が医者に見せて、記録に残ってるのよ。まあ、これだけじゃ『女王を食べて不老不死になった』って証拠にはならないんだけど」


 ゲルドは残念そうに言った。

 死肉を好む長命の男。

 女王に捧げられ、生きて帰って来た男。

 如何にもありそうな二つの話が、複雑に混ざった可能性もある。

 けれど、そんなことは恐らくどうでも良いのだろう。


「でも、充分よね。不老不死って、お金持ちが最後に欲しがるものじゃない? 可能性があるなら縋りたいのよ。凄いわ、本物が手に入れば」


 首都に家一軒どころの話じゃない。

 下手をすれば、国が動くような金が手に入る。

 白く照らされる砂を睨むようにして、リーゼは「それは、ちょっと怖いですね」と呟いた。


「女王宮への立ち入りは、未だに死罪と定められていますよね? そもそも砂海北部はベテランでも命を落とす難所ですよ。女王宮まで辿り着くのだって、普通はきっと無理です」


「生きて帰って来た者は、いない。良識のある案内人なら、この手の噂に騙されて命を捨てるような真似はしないもの。ねえ、フィル」


 呼びかけを無視して、フィルは淡々と歩を進める。

 彼女は構わず、うっとりと息を吐いた。


「…だからこそ、夢見ちゃうんでしょうね。人間って」


 海溝を越えた、砂海の果て。

 謁見すら許されぬ、孤高の女王。

 その身に、人智を超える何かがあると。


「だからね、リーゼちゃん。案内人なんて儲からない仕事は辞めちゃって、アタシと一獲千金、目指さない?」


「何が『だから』なのか、わかりませんけど。私、案内人になるのが夢でしたから」


 リーゼは自分のイヤホンをそっと手で押さえて、微笑む。

 ゲルドは「残念」と言いつつ、ぱんと手を合わせた。


「ね、フィルも一緒でもいいわよ? 二人がやってくれるなら、西ランス港にでも可愛い小さなお店構えても良いわね。リーゼちゃんはお店番。アタシとフィルで買い付け。洒落た雑貨から表には出せないブツまで。あらやだ。何か、流行りそうじゃない?」


「…ちらっと物騒な発言が混じったけど?」


 ゲルドは冗談とも本気とも取れない口調で、「良いじゃない、良いじゃない」と繰り返した。


「カフェなんて併設したら、どうかしら?」


「そうですね。フィルさん、意外と料理上手ですし。今朝のベーコンは、ちょっと焦げちゃってましたけど」


「う、クレームが…」


 ゲルドの妄想に乗っかったリーゼは、「冗談ですよ」と楽しそうに笑った。

 

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ