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ロストクラウン  作者: 柿の木
第五章
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3、港まで




 ガーデニアから西ランス港へと延びる『ユレン・コート』ルートは、距離的には『エルラーラ』ルートとそう変わらない、比較的難度の低いルートだ。

 砂海を抜けた先、西ランス港までの短い街道は荒れているが定期輸送車も走っている。

 フィリランセスの航路事情はお隣の二カ国に左右されているが、西ランス港は古い海運が未だ権威を維持しており、一応一般人でも海を渡ることが出来る。

 予約やら審査やらと注文も多いが、それでも国の管理下にあるフィリランセス南部の港とは比べものにならない。

 この国内唯一の『外』への出口を目指して、ゲルドのような商人の類が西ランス港までの案内を依頼する。

 そのため難度は高くないが、砂獣の出現率は人の往来によっては高くなることもあるのだ。



「あァ、だからやめられないのよ」


 フィルはその声を聞き流して、鞘に収まったままの剣をベルトに差した。

 夜明けの名残。

 朝焼けのきらめきを反射しながら、砂が滑る。

 その金色の波を、リーゼは惜しむようにブーツの爪先に掬った。


「何度見ても惚れ惚れしちゃうわ」


 大層ご満悦のゲルドだが、その瞳は色褪せつつある砂の色など映してもいないだろう。

 いそいそと、けれど豪快に掴み上げたそれはフィルが仕留めたばかりの砂獣だ。

 大きなネズミに似た砂獣は、見た目の親しみやすさに反して旅人の足を「摘み食い」していく厄介者。

 ゲルドはそのくすんだ小麦色の毛並みを、しみじみ眺めた。


「年々、人間離れしていくわね。フィル」


 人聞きの悪い。

 ゲルドは手馴れた様子で、ぱっと革袋を広げた。

 眉間を突かれた砂獣は血を流してはいないが、そのままぶらぶらと持ち歩いてはやはり危ない。

 用意の良いことだ。


「…ゲルドと歩いてっと、砂獣との遭遇率が高ぇ気がする」


「気・の・せ・い」


 こいつ、砂獣おびき寄せてんじゃ。

 疑惑の眼差しを、ゲルドは涼しい顔で受け流す。


「…それ、どうするんですか?」


 ふっと爪先の砂を蹴って、リーゼが首を傾げた。

 ゲルドはにこっと笑う。


「売るのよ。もちろん」


「売る?」


 大きな荷物の脇に膨らんだ革袋を括りつけて、ゲルドはあっけらかんと答えた。


「良い値で売れるわ。特に、仕留め方が良いと味も落ちにくいし」


「美味しいんですか?」


 ゲルドが頷いたのを確認して、フィルは歩き出す。

 フロートは、Y03地点。

 この辺りで夜明けを見られれば、旅路は今のところ順調だ。

 目に痛いほどの青空に、白い陽光が砂上を照らす。

 陽が昇り切れば、相当暑くなりそうだ。

 恐らくは人が背負って歩けるぎりぎりの重さの荷を、ゲルドは平気な顔で運ぶ。


「美味しいわよ。砂狼だって、ウェルトットじゃ名物でしょ? 食べられない砂獣の方が少ないんじゃないかしら。ほら、|穢竜≪えりょう≫なんかはダメだけど」


「…そう、ですか」


 深く沈みこむゲルドの足元を見ながら、リーゼは「穢竜」と聞いて顔を顰めた。

 ゲルドは気にせず続ける。


「とんでもない高級食材として扱われてることも、結構多いのよ? 案内人にとっては違うんでしょうけど、見る人が見たら、砂海って宝の海よね」


「じゃあ、ゲルドさんは砂獣を卸すお仕事が中心なんですか?」


「あら、これは砂海を渡るついで」


 半歩後ろを歩くリーゼに、ゲルドは荷物から品物を取り出して見せる。

 銀色のチェーンが、陽に当たってちらと光った。


「わ」


 とと、と近寄って、ゲルドの手の中を覗いたリーゼは、微かに歓声を上げる。

 銀細工のネックレスだ。

 先代の頃は、もう少し渋い品物を扱っていたようだが、ゲルドが後を継いでこういう物が多くなって来た気がする。


「綺麗ですね」


「でしょ? 他にも節操無く取り扱ってるけど…、今の時期はこれなのよ。こういうちょっと高級そうな装飾品。西ランス港からエルランス地方に持って行くと、売れるのよね」


 あっち、今お祭り多いからプレゼントに受けるの、とゲルドは収入に思いを馳せるように眼を細めた。


「更にフィルに砂海案内を頼めば、砂獣の肉で臨時収入! やめられないわ」


「はあ」


「案内人も、もう少しこういう商売すれば良いのに」


 ゲルドは「んしょ」と荷を背負い直す。


「ちょっと、聞いてる? フィル」


「現在Y05地点を通過しました。目的地まではまだ半日以上かかる見通しです」


「そんなこと聞いてないわよ。もー、リーゼちゃんにアタシの相手押しつける気でしょ!?」


「え、そうなんですか?」


 フィルは肩を竦める。


「毎年、同じ話されるこっちの身にもなってくれよ」


 近況から、儲け話、案内人が如何に商売下手か。

 そして最後は、今案内人仲間で一番顔の良い男は誰かと問い詰められる。


「話題繰り返すのは年食って来た証拠だよ」


「失礼ね。アタシ、まだ二十九よ」


「……去年も一昨年も、んなこと言ってたよな。何年、二十九歳やってんだ」


 振り返ったフィルに、ゲルドはむむ、と頬を膨らませる。


「可愛げなくなっちゃって。昔は『ゲルドお姉ちゃん』ってべたべたくっついて来てくれたのに」


「誰の話だ、誰の。過去の捏造はやめろ」


「あら、乙女は未来にも過去にも、夢を見るものよ」


 ああ、意味わかんね。

 幸いにも、ゲルドは「いいわ」とリーゼの腕を取った。


「アタシの話で、リーゼちゃんが『案内人なんてやめる』って心変わりしても、責任は取れないからね」


「そん時はそん時かな」


「何でそうなるんですか」


 不満そうなリーゼに、ゲルドは秘密を囁くように声を落とした。


「砂海の、一攫千金話、聞かせてあげる」


「一攫千金って」


 胡散臭そうに眼を眇めたリーゼの口元に、ゲルドは指を立てた。






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