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ロストクラウン  作者: 柿の木
第五章
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2、常連




「ハァイ! 一年ぶり、フィル」


 案内所の扉を開けた瞬間、それは獣に似た動きで飛びかかって来る。

 どう、と体当たりに近い抱擁を仕方なく受け入れて、フィルはうんざりと「毎年飽きねぇな」と小言を言った。

 挨拶代わりのこの熱烈なハグを拒否すると、面倒なことにしばらく不機嫌になる。

 僅かにヒールのあるブーツを除いても、フィルより上背のあるその人は、セピア色の頭をフィルの肩口に擦りつけた。

 背中に回された手が、確かめるように上下に動く。


「何よ、心配してたのに、元気そうじゃない?」


「お陰さまで」


 その腕から逃れて、フィルは背後を振り返る。

 凍りついたように立ち竦むリーゼに、「今日のお客さん」とその人を紹介する。


「へえ、その子が?」


 襟足の長い髪を指先で梳くようにぱっと払って、本日のお客様はリーゼに微笑みかけた。

 僅かに右足を退いたリーゼに、その笑みは更に深くなる。

 弧を引く目元は、やはり心臓に悪い。


「アタシ、ゲルト・ハルネットっていうの。アナタのお名前は?」


「リーゼ…、リーゼ・スティラートといいます。初めまして」


 名乗ったゲルドはリーゼの目線に合わせるよう、身を乗り出す。

 そして。


「やっだ!! ホント、カワイイじゃない! なぁに、フィルってば顔で選んだでしょ? こういうタイプが好きだったの?」


 ぴゃっと背筋を伸ばしたのはリーゼで、フィルは反対に項垂れた。

 ああ、始まった。


「顔の良い子選ぶの、カンディードの伝統なの? やだもう、肌すべすべじゃない? いくつなの!?」


「じゅ、う六、です」


 完全に数歩離れて、珍しく空気に飲まれたリーゼがおずおず返答する。


「十六!? フィル…、アタシさすがに犯罪は応援しないわよ?」


「犯罪じゃねぇっての。それと、声。こんな朝っぱらから近所迷惑です」


「あら、ごめんなさい」


 低く響くハスキーな声を抑えて、ゲルドはぺろっと舌を出した。

 すす、と寄って来たリーゼが、こっそり「この方、どっち、ですか?」と遠慮がちに問う。

 ゲルドはわかっているのか、にこにこしたまま腰の後ろで手を組んだ。

 目鼻立ちのはっきりした容姿に、まさに化けるための化粧。

 きちんとした旅装に加え、首元にはパステルカラーのスカーフを巻いている。

 少々がたいの良い女傑か、或いは化け上手な男か。

 実に巧妙に、どちらか判断のつかない姿を取っている。

 フィルは遠い眼をして、答える。


「……『股掴めばわかる』って、師匠は言ってたなー」


「………は?」


「やだ、懐かしい。いいのよ、リーゼちゃん。カワイイ子なら大・歓・迎! でも、優しく、触ってね」


 犯罪だ。

 フィルは弟子ににじり寄るゲルドを遮った。

 はっとした表情で、ゲルドは赤い唇を手で隠す。


「フィル、積極的になったわね。でも、さすがにアナタに触られたら…困っちゃう」


「…毎年、思うんだけど。どーして、おたくの依頼受けてんだろーな」


 いや、やっぱり紹介なんて形でこんな客を他所にやらなくて良かったかもしれない。

 ゲルドは不思議そうに、顎をくっと引いて小首を傾げた。


「だって、お互い師匠の代からのお付き合いじゃない? 仲良しなのは、当然だと思うけど」


「仲良し」


 そうでしょ、と見つめられて、フィルは口を閉ざす。

 この手の輩は真面目に話すだけ無駄だ。


「あの、それで……、失礼ですが、ご性別は?」


 フィルから答えは得られないと判断してか、リーゼが果敢にもゲルドに問い質す。

 ゲルドは笑顔を作って、「うーん」と唸った。


「アタシが、『どっちか』ってそんなに重要かしら?」


 怒っているのとは違う、含みのある瞳だ。

 その焦げ茶色を見上げて、リーゼは「だって」と不思議そうな顔をする。


「間違えられたら、嫌じゃないですか? 生物学上どちらかってことではなくて、ゲルドさんがどちらとして扱われたいか、聞かせて下さい」


「……ふぅん」


 ゲルドはちらとフィルを見た。


「師弟ねぇ。顔で選んだのかと思ったけど、面白い子取ったじゃない」


 彼女が押しかけて来てからの一悶着は、とりあえず黙っておこう。

 だろ、とフィルは笑う。

 自慢じゃないが、勿体ないくらい出来た弟子だ。


「面白いって」


 不服そうなリーゼに、ゲルドが「良いじゃない」と意味深に呟く。


「あのフィルが弟子取ったって言うから、相当のことだと思ったけど…。何だ、良い変化みたいね」


「………」


 やけに静かに、そう言う。

 師匠の代からの付き合いだ。

 粛清時の仔細を語った覚えはないが、その付き合いの長さ故か。

 バレてんじゃねえの、とひやりとするほど、見透かすような眼をする。

 言葉を返すほど油断はしない。

 ゲルドはあくまで、「常連」。

 深い関わりを持っては、お互い不利益を被ることになりかねない。

 ゆっくりと瞬いて、フィルは視線をそっと落とした。

 ゲルドが、少し呆れたように笑みを零す。


「………で、どちらとして考えればよろしいんですか? ゲルドさん」 


 やけに強い口調で、リーゼが割り込む。

 フィルより半歩前、ゲルドに向かう華奢な背中。

 ゲルドは眼を丸くして。

 唐突に、げらげら笑い出す。

 滅多に聴けない、素の笑いだ。


「アナタ、ホントいいわ! そうね、いつもは敢えて教えてあげないんだけど、特別よ? アタシは、『女』。そう扱ってくれたら嬉しいわ」


「わかりました」


 うーん、強者。

 ゲルドとリーゼのやりとりに、蚊帳の外のフィルはそっと肩を竦めた。

 まあ、ゲルドには気に入られたようだし問題はないだろう。


「じゃ、二人とも、西ランス港までよろしくね♪」


 本日のお客様は妙に様になる可愛らしい仕草で、「れっつごー!」と高く拳を掲げた。





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