悲しき再会と悲しき別れ
今回で1章終わりです。
それから10分、相坂は暮れていく日を眺めていた。
だがただ見ているだけではなく、辺りの気配を伺っていた。
今相坂がいる場所のすぐ近くにはちょうど市の境界線にある裏山がある。裏山の森の先は相坂が住んでいる町がある市に入る。
相坂の住んでいる町は市のはずれにあるのでここから歩いてすぐ着く。
「走っている時は気付かなかったが、ゾンビどもが大量に徘徊してるな。」
相坂は大量のゾンビの匂いや声を敏感な五感で察知した。
「この分だと町もきっと………。先を急ぐか。」
ゆっくりと立ち上がり、軽くストレッチをした。
いくら相坂でも相当筋肉に来ているらしい。
「森の中を進んだらすぐ町だ。気を引き締めて行こう。」
ゆっくりと慎重に相坂は森の中に入って行った。
(それにしても、腹減った。町に入ったらまずはスーパーだな。)
そんな事を考えながらゾンビの気配がない道を歩いていった。
別に普通に歩いても良いのが自分の五感がどれだけ使えるかの訓練も兼ねている。
(そろそろ町か。)
相坂の鼻が焦げ臭い匂いを感じ取った。
「火事かガソリンが引火して起きた火か……。どちらにしても町は無事じゃないな。」
森が開けていき、町が見渡せるようになった。相坂はゆっくりと自分の町を見下ろした。
「これは……想定外の酷さだな。」
町は地獄絵図と化していた。
町の至る所でゾンビが徘徊しており、所々火が上がっている所があったり鎮火して真っ黒になっている所もある。悲鳴が聞こえる。
相坂の五感はその様子が嫌という程感じ取れった。
「………家に急ぐか。」
相坂は森を一気に下りひとまず家を目指して走った。
いつもの道を走っていき、家に辿り着いた。
「母さん!父さん!」
ドアを蹴飛ばして開けて靴を脱がずにリビングに入る。
リビングには誰も居なかった。ただ自分の捜索願いのビラが何枚か机に置いてあるだけで人は誰も居なかった。
階段をのぼり、2階の部屋を片っ端から開けた。
「………誰も居ない。いや、いるわけないか。」
普通に考えれば当たり前の話だ。
「こんな騒動の中、普通に家に居ようとするバカは居ないか。居るとしたら、避難所かどっかだろうな。」
(自分では冷静になったつもりだが、まだまだだな。)
自分の行動を自嘲しながら部屋に向かう。相坂の部屋だ。
「……ここも懐かしいのかな?俺はついさっき起きたばっかの気がするからな。実際は1ヶ月もご無沙汰なんだよな。」
そう呟きながら相坂は自分の部屋を見回す。普段通りの部屋、普段通りの家。
だがそれを囲む環境は劇的に変わってしまった。
相坂は崩れ落ちるようにベットに倒れこんだ。
(少しだけ………寝るか……。)
相坂は久々のはずの部屋で久し振りに眠りに落ちた。
それから2時間ほどたった時、相坂は突然跳ね起きた。
(ゾンビの匂い……!いや、若干匂いが薄い……?ゾンビになりかけてるのか……?)
耳をすましてゾンビの気配を探した。すると下から物音が聞こえてきた。
(下にいるのか……?)
床に耳を当てゾンビの声を聞き取ろうとした。
「……うっ……あっ…あ゛あ゛っ゛」
ビクッと相坂の体が震えた。別にゾンビの声に驚いたわけではない。
ただその人の声に思わず反応してしまったのだった。
(この声って………、嘘だろ⁈)
相坂は真実を確かめるべく階段を降りて行った。
ゾンビの気配はリビングからする。
下に降りると玄関からリビングにかけての道が血だらけになっていた。
(ゾンビに噛まれて怪我をしてるのか……?)
リビングのドアのドアノブが血塗れになっていた。
相坂は扉をゆっくりと押した。
徐々に扉が開いていきリビングが見えていった。
そこにいたゾンビを見て相坂は息を飲んだ。そこには相坂が心配し会いたかった、けれども今会いたかった人達がいた。
「母さん……父さん………。」
そこにいたのは相坂の両親だった。
2人とももうほとんど意識が朦朧としており、目の前に一ヶ月も居なかった息子が居ても何の反応も示さなかった。
(もう匂いが……ほとんどゾンビの匂いだ……。)
相坂は目の前の事実が信じられず呆然としていた。
その時、右手の斧が相坂の手から滑り落ちた。
相坂はじっと斧を見つめた。そして親に再び視線を戻した。
(……俺は殺さなければならないのか?実の両親を…。)
別に相坂はゾンビを殺してヒーロー気取りをしたいわけでは無い。
あの日記を読んで決意した事があったからゾンビを殺すのだった。
それは自分をこんな体にし、たくさんの人の命を道具扱いした奴等への復讐。
そして何がなんでも奴等の思い通りにならないことだ。
あの研究者達は相坂を人間を殺す戦争の人間兵器にしようとしたから相坂はゾンビを殺す道を選んだ。
だが、今はそんな決意も揺らぐ事が起きてしまった。
決して楽観視したわけではなかった。ただ余りにも早すぎたので相坂は戸惑っているのだ。
(ここで……殺さないと他の人が喰われる可能性がある。で、でも……でも……‼︎)
いくら相坂でも肉親を大事に思わない冷酷な人間ではない。
(くそッ‼︎くそッくそッくそッくそッくそッくそッくそッ‼︎‼︎どうすればいいんだよ、俺は……。)
ふと相坂は両親の口元に目がいった。口には全く血が着いていないのを見て、相坂は両親がまだ人を喰らっていない事に気づいた。
(まだ2人は人を食べてはいない。けど2人はもうゾンビだ。これから人を
延々と喰らい続ける。正真正銘人殺しになっちまう……。)
相坂は究極の2択を迫られていた。
親を見逃しこれからゾンビとして生かし人殺しになり人類の敵になる道
親を今ここで楽に殺し、人殺しをさせずにする道
どちらも相坂にとっては地獄だった。
「………ふー。ちくしょうが、これしか道ねえだろうが。」
そう言って顔を上げしっかりと両親を見た。いや、両親であった物を見た。
ゆっくりと歩いて近づいて行った。
左手にあった斧も手放した。
元母親の目の前に来た。ゆっくりと顔に手を伸ばし
「ごめんよ……母さん。」
そう声をかけ、顎と頭に手をかけ思いっきり捻った。
ゴキッ‼︎
という嫌な音が鳴り響き元母親はその場に崩れ落ちた。
元父親に近づき
「父さんも……ごめんよ。」
同じように首の骨を折った。
2人の遺体を抱え1階の寝室に寝かせキッチンに向かった。
戻って来た時に持っていたのは油だった。
油をいったん下に置き、カーテンを剥ぎ取り二人のベットの周りに囲うように置いた。全ての部屋のカーテンを敷き詰め油をまんべんなくかけた。
油2本分をかけ、ゆっくりとマッチに火を付けた。
2人の遺体はタオルで顔が隠されており布団をかけられている。
枕元には2人の私物が所狭しと置かれている。
マッチを放り、火が引火したことを確認して相坂は部屋を出て行った。
玄関に着き、自分の着替えや缶詰めなどの食料、そして家族との写真が詰まっているスポーツバックを肩にかけゆっくりと家から出て行った。
出る時に相坂は
「父さん、母さん。行ってきます。」
と振り返って言った。
自分の家の敷地を出て道路に出た。
後ろを振り返ると想像以上に火がまわっていた。
自分が住んでいた家が燃えるのを見つめ、ようやく……
「うっっ……うっ…う…」
「あ゛ーーあ゛ーーあ゛ーーあ゛ーーあ゛ーーあ゛ーー!!うあ゛ーーあ゛ーー!!」
膝を崩し泣いた。
涙を流し、鼻水で顔をぐちぐちゃにして泣いた。
辺りなど気にせず大きな声で泣いた。
天を仰ぎ泣く姿はまるで狼が月に向かって吠えるようだった。
次から2章!たぶん次回ヒロインでます。