ヴァージン・ロード
人生に一度の晴れ舞台・・というのが三度目にもなると、さすがに「花嫁の父」も泣く気にはなれないみたいね・・と、姉は自嘲気味に笑った。
「俺も歳だし、それに、お前だって、今更ヴァージン・ロードでもないだろう」
結婚の報告をしに行った時、父は呆れ顔でこう言ったそうだ。
3人目となる新郎君は、姉よりずっと年下で初婚だから、祭壇の前で父親の手から花嫁を譲り受けたいらしい。
それに今度のお姑さんは教会での結婚式に大いなる憧れを抱いているので、このセレモニーは絶対に外せない・・という訳だ。
「最近は足もとがおぼつかないし、つまずいて格好悪いところを皆に見せる事になるかもしれんから・・」
いい加減嫌気がさしたのだろう・・小さい頃から姉には甘い顔を見せてきた父も、今回ばかりは二の足を踏んでいるようだ。
父さんを説き伏せるのを手伝ってほしいの・・と、姉が言った。
普段は電話も寄越さないクセに、こういう時だけ・・と、少し腹が立ったが、姉に頼まれたら「嫌」とは言えない。
母が生きていれば、姉との関係は違っていたかもしれない・・そんな思いが頭をかすめる。
母は、自分の命と引き替えに私を生んだ。
父と姉は、そんな母の最後を一緒に看取ったチームのようなモノだから、どこか二人だけの特別な絆で結ばれているようなところが有る。
口に出して言われた事は無いが、二人が心の何処かで私を責めているのを知っていた。
私と母を天秤に掛けたら、母の方が重いに決まっている。
私にだって、そのくらいの事は理解できるから、負い目を感じているような態度に出てしまうのだろう。
私は小さい頃から、姉の言う事には逆らう事が出来なかったのだ。
でも、姉が三回も結婚する事になったのは私や父さんのせいではない。
最初の夫が、事故で亡くなった事が始まりだった。
大の文字は付かないが、いっぱしの恋愛をしたつもりで結婚して、楽しく見える新婚生活を始めた矢先の出来事だった。
もう少し時間が経っていたら、大喧嘩の一つや二つ、していた筈なのに・・。
義兄さんの悪い癖や嫌な面を見ていたら、あれほど落ち込む事も無かっただろう。
人間には色んな顔があるものなのに、姉は義兄の良い面しか知らなかった。
愛されているのは自分だけだと思い込んでいたから、悲しみで心が空っぽになってしまったのだ。
結婚前・・いや、結婚した後も続いていた「密やかな関係」というヤツに気が付いていたら、もっと別の道を選ぶ事が出来たかもしれない。
悲しみの重さに耐えきれなくなった姉は、人生のレールから飛び降りる・・という道を選んでしまったのだ。
運良くたまたま居合わせた男が、ヒョイと姉に手を差し伸べた。
その手を掴んでしまった姉は、二度目の間違いを犯してしまう。
少々難有りの男だったけれど、娘が生きる希望を持てるのならばと、父さんは目をつぶって二度目の赤い絨毯の上を歩いた。
案の定、この結婚は二年も保たなかった。
結婚生活・・というよりも離婚協議生活に二年近くの月日を費やした・・と言った方が正しいかもしれない。
二番目の義兄は、全ての女性に対して優しい男だった。
姉にだけ優しくしていれば何の問題も無かったかもしれないのだが、それは無理な注文というものだ。
ようやく姉も自分の男運が悪い事に気が付いたらしい。
少しは利口になって、しばらくの間は男女のそういう気配を避けて暮らしていた。
ところが、今度の新郎君は「そういう片意地を張った年上の女」というのにグラッと来てしまったようだ。
「貴女を幸せに出来るかどうかは、分かりませんが、僕の為に結婚して下さい。貴女と結婚できたら、僕が幸せになれるんです」
そんな可笑しなプロポーズをされて面食らっているウチに、新しい姑が、可愛い息子の為に話をどんどん進めてしまった・・という訳だ。
最初は戸惑っていた姉も、今ではすっかりその気になっている。
「今度こそ幸せになりたいの」
そんな言葉が姉の口から出た時、今までの罪滅ぼしをしてやってもいいかなぁ・・と少しだけ思った。
それに今度の新郎君はマザコンだから、私のタイプではないし・・。
二人が、幸せの一歩を踏み出す為だもの・・父さんの首に縄を付けて、引っ張り出してあげようかしら・・。
でも、姉さんが今度もヴァージン・ロードを歩く気ならば、エスコート役は前の旦那の方が相応しいんじゃないかしらね?
そんな意地の悪い考えが頭の中に浮かんだ瞬間、私の手の中で携帯電話が身体を震わせながら光った。
「今夜あたり・・どうかなぁ?」
姉の二番目の旦那だった男が耳元で囁く甘い声を聞きながら、私は姉に向かって優しく微笑み返した。
おわり




