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旅立ち

こんにちわ! またまた宝來です。

この作品は、宝來の根気が続けば、全部で12作になります。

(だってトランプの絵札、全部で12枚なんだもん)

読みどころは、“ゆらぎ”との戦いのほか、緋奈とエティエンヌのなかなか進まない恋愛だったりします。少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。


今作も前書き、後書きは使用いたしませんが、感想、レビューは、365日24時間、お待ちしています(笑)でも、ヘタレなんでお手柔らかにね。

  挿絵(By みてみん)

           紫堂緋奈  イラスト:彩都めぐり



「一日、千人殺しましょう、とは、また物騒ですね」


「はは、そうだね。

 でもさ、イザナミは、それくらい見られたくなかったんじゃないかな、醜い自分をさ」


「そんなものでしょうか?」


「そんなもんだよ。女心は複雑なの。誰かさんにはわからないだろうけどね」


「ほお、女心ですか?」


 エティエンヌは、そう言いながら、あたしの胸のあたりをちらっと見た。

 むかっ、あたしの胸が少しばかり淋しいからって女じゃないとでも言いたいわけ!?


「あんたね、女の価値は胸の大小じゃないんだからね」


「そんなことは、両手で胸を掴めるようになってから言ってください。今のままでは片手でも余ります」


「な、なんでそんなことわかるのよ!?」


「一目見ればそのくらいわかるでしょう」


「わからんわ! このセクハラ男がっ!」


 あたしは、椅子から立ち上がると、がうっとばかりエティエンヌを怒鳴りつけた。

 またまた日本対フランスの戦争勃発である。

 まぁ、あたしの狭いアパートの中だけという平和なものだけどね。



 あっ、今さらで申し訳ないけど、エティエンヌってのは、あたし、紫堂緋奈の守護騎士なの。

 うちの母方の家系は、なんの冗談なんだか、ジャンヌ・ダルクの子孫。

 その証として銀のきっちゃないトランプが継承されてきたわけなんだけど、それにひっついて来たのが、ラ・イールことエティエンヌ・ステファン・ド・ヴィニョール。

 あたしは、彼をエティエンヌって呼んでる。


 彼は、ジャンヌ・ダルクの片腕であり、恋人でもあったんだけど、大天使ガブリエルにジャンヌの転生を約束され、その引き換えにジャンヌの末裔を代々見守る導きの騎士になったというわけ。めっちゃ強い騎士だからそこをみこまれたんだろね。

 その上、エティエンヌは、ぶったまげるほどの美貌の持ち主。あたしは、彼以上に美しい人間(?)を見たことがない。

 でも、顔に反して性格がね・・・・。怒りっぽいし、説教癖はあるし、しかも、あたしがジャンヌの生まれ変わりなせいか、しゅっちゅうセクハラに及んでくれる困ったちゃんだ。

 それでも、あたしは、陰に日向に身守ってくれてる彼をいつしか好きになっていた。人間ではないエティエンヌと結ばれることはないって知ってるのに。

 まぁ、それが恋ってもんだよね。

 あたしは、そんな恋しくて憎たらしいエティエンヌを相棒に、両親を殺した“ゆらぎ”っていう精神生命体を倒すために、毎日、エティエンヌにしごかれまくってるわけだ。


 えっと、“ゆらぎ”っていうのは、旧約聖書、創世記に出て来る闇そのものの化け物で、この世を再び混沌とした闇の世界に戻したいと願ってるの。

 そうなったら、この世の生物すべては生きられないよね?

 だから、なんとしても倒さなきゃいけないんだけど、あたしは、ごく普通の女の子、ジャンヌ・ダルクのような力なんてちいとも持ち合わせちゃいない。

 そのことにめちゃくちゃ悩んでいたんだけど、助けてくれる仲間が出来た。

 あたしが父さんのように慕う箭弓稲荷さんや伏見稲荷さん、それから貴船の高淤加美神(たかおかみのかみ)こと高淤さんだ。

 あたしは、エティエンヌと彼らの助けを借りて、前回、末端“ゆらぎ”をひとり(?)退治することが出来た。

 でも、なんといってもまだ高校生。

 “ゆらぎ”退治ばかりじゃなく、お勉強もしなくちゃならないわけで、あたしは、エティエンヌの機嫌のいいお茶の時間を見計らって冬季合宿の話を切り出した。


『それでね、12月13日から1週間、苦手科目の克服のための冬季合宿があるのよ。あたしの場合は、英語とフランス語なんだけどさ』


 と、あたしが言ったとたん、エティエンヌが手に持っていたバウムクーヘンをぽとりと落とした。


『もう一度言ってもらえませんか?』


『だから、12月13日から1週間、冬季合宿があるんだってば!』


『いいえ、そこじゃなく・・・・』


『英語とフランス語が苦手だから、それを勉強しに行くのよ』


『緋奈、あなた、まさか・・・・。

 フランス語が話せないというのでは?』


『・・・・話せないけど?』


 何か問題でも?という目であたしがエティエンヌを見ると、雪男(イエティ)でも見るようにこっちを見ている騎士様と目が合ってしまった。


『そ、そんな・・・・恥ずかしくないのですか?』


『いや、別に。日本人でフランス語をしゃべれる人、少ないもん。

 選択でフランス語、選んだのもノリだったしなぁ~』


 あたしは、かつての選択に少しばかり後悔しながら、エティエンヌが落としたバウムクーヘンを彼のお皿に戻してやった。 


「緋奈、あなた、何、平然としてるんですか?

 ふ、フランス語が話せないなんて大問題ではありませんか!」


 エティエンヌってば、明日、日本が沈没するみたいに焦っちゃってる。

 ああ、これだからうちの騎士様は・・・・。

 あたしは、ちょいちょいと手招きしてエティエンヌの頭を下げさせると、その形のいい頭を軽く叩いてやった。


『エティエンヌ、あたしはジャンヌじゃないって何度言ったらわかるの!

 日本語が話せないってなら大問題だけど、フランス語はセンター試験科目じゃないし、話せなくても大した問題じゃないでしょうが!』


 少し語調を強めて言ってやると、エティエンヌは、たちまち『しまった』という顔をする。


『はい、ですが、何故、語学が不得意なのに今の学校に?』


 おおっ、そこをエティエンヌくんに突っ込まれるとは、お姉さん思わなかったわぁ~。


『得意なのは、国語と社会なの。一応、古代史の学者を目指してたしね。

 えっと、今の学園を選んだのは、ただ制服が可愛かったからだったりして・・・・』


 ついでに『えへっ』と可愛く付け足して言うと、向かいの騎士様は、めちゃくちゃわざとらしく頭をかかえた。

 そして、アパート中に響き渡る声で言ったのだ。


『今日から英語とフランス語の特訓です!』と。



 というわけでタダの家庭教師、もといエティエンヌの語学特訓は、なし崩しに始まった。そのお返しにあたしが日本神話のあれこれを教えてあげることにしたというわけ。これからも色んな神様と出会う(予定?)わけだしね。

 それで第一回目の今日は、イザナギとイザナミのお話。


「日本列島をお生みになったイザナギとイザナミの夫婦神は、その後、たくさんの神をお生みになるんだけど、火の神・火之迦具土(ほのかぐつち)をお生みになったせいでイザナミは、お亡くなりになってしまいました。

 妻の死後もイザナミを恋しく思うイザナギは、黄泉国へイザナミを迎えに行きます。

 しかし、イザナミは、『自分はこの国の食べ物を食べてしまったのでもう戻れません!』と告げるのです。

 落ち込んでいるイザナギを見てイザナミは、こうおっしゃいます。

『黄泉国の神様に相談して、戻れるかどうかもう一度聞いてきますから、その間、決して御殿を覗いたりしないで下さいね』

 しかし、かなりの時間が過ぎ、待ちきれなくなったイザナギは、ついに約束を破ってしまいます。

 そして、御殿を覗き見たイザナギが目の前には・・・・なんと8柱の雷神が体に付きまとい、ウジの湧いたイザナミの姿!

 恐ろしくなってイザナギは、ほうほうの態で逃げ出していきます。

 自分の夫に約束を破られ恥をかかされたしまったイザナミは、魔物とともに後を追いかけてきます。

 イザナギは、身に付けているものを使って色々な食べ物に変え、逃走を続け、何とか黄泉比良坂まで逃げ延びる事が出来ました。

 そして、近くにあった巨大な岩で黄泉比良坂を塞いでしまったのです。

 イザナミは、地団駄を踏んで悔しがり、『あなたの国の人間を1日、千人殺しましょう』と、呪いの言葉を吐きました。だから人は、死ぬのが定めとなったってわけ」


 あたしは、そう結び、そして、冒頭のエティエンヌの、

「1日、千人殺しましょう、とは、また物騒ですね」

 に続くんだけど。

 エティエンヌは、むっとしたままのあたしを宥めるように見た後、こう言ったの。


「男神は、その後、後悔したかもしれませんよ。つい驚いて逃げ帰ってしまったもののどんなになろうと自分の妻に変わりなかったのに、とね。

 男というものは、概してあわてん坊な生き物ですから」


「・・・・そうかもしれないね」


 あたしは、そう答えながら、エティエンヌならきっと、恋人が爛れていようと腐っていようと喜んで黄泉の国から連れ帰るだろうと考えていた。ジャンヌの転生を600年も待ち続けた彼ならば。

「さて、次はフランス語のお勉強と行きましょうか?」

 そう言いながらエティエンヌは、Bluest blue in blue(青の中の青)の瞳をきらりと光らせた。

 こ、これは・・・ドSが発動する時の目だ。

 まずい、逃げなければ。

 けれど、この狭い部屋に逃げ場などあるわけもなく、あたしのお腹がグーと音を立てる時間まできっついお勉強の時間は続いたのだ。



 *                     *



 サディステックなお勉強の時間もようやく終わりをつげた今日、12月13日の早朝。あたしは、冬季合宿に出かける直前、箭弓稲荷さん(末社だけど)にやって来ていた。


「あっ、山茶花、咲き始めてるっ!」


 ご近所の方たちにご愛顧されているこの神社は、隅々まで手が行き届いている。

 師走も半ば、参道の銀杏は、すっかり葉を落としたが、白と薄紅の山茶花があちらこちらから顔を出し始めた。

 そして、お社正面に植えられた南天と紫式部の紅と紫の、目の覚めるようなコントラストも冬晴れに映えて大層愛らしい。おそらく日本の四季を楽しめるようにと配慮されているんだろう。

 そうだ、春になったらエティエンヌを誘って花見に来よう。銀杏と競うように参道に植えられた桜を三人(?)で見ながら、桜餅でも食べたらきっと楽しいだろう。

 と言っても冬が始まったばかり。

 冬来たりなば、春遠からじとは言うけど、桜の咲く春は四カ月近くも先だ。

 それに、今朝は、この冬一番の冷え込みとかでめっちゃ寒いんだよね。

 あたしは、もう一度マフラーをぎゅっと巻きつけると、本殿の前に立ち、神妙な顔で手を合わせた。

 めずらしく手が空いていたのか、数分も経たず、狐さんが姿を現してくれる。


「やっほー、お稲荷さん」


 実は、心配性な狐さんに会いに月曜の放課後、参拝に来てたんだけど、来週は合宿先、だからこうして出発前にやってきたというわけ。


「ああ、行くんか?

 確か、合宿やったな、行き先はどこなんや?」


 少し太った感じのする狐さんが相変わらず賽銭箱の上にぷかぷか浮いている。彼の姿は、もちろんあたしにしか見えないものだ。


「長野県の諏訪だよ。

 そこにうちの学園の保養所兼合宿所があるんだ」


「ほお、諏訪にか」


 と、相槌を打った狐さんは、少し考え込み、


「まさか、お諏訪さんはないやろ?」と、すぐ思い直したように言った。

 

「諏訪大社の建御名方命(たけみなかたのみこと)? うん、ないよ。

 あんなメジャーな神様が“ゆらぎ”に乗っ取られるわけないよ」


「そやな。お諏訪さんが乗っ取られるくらいなら、とうにわしが乗っ取られとるわな」


 狐さんは、一人ツッコミした芸人みたいに自分の頭をぺしっと叩いた。


「それは、人間のあたしにはわかんないけどさ。

 それより、お稲荷さん、太った? 甘いものの食べすぎじゃないの?」


 あたしがスイーツ男子の狐さんをからかって言うと、


「ちゃうわ、このどアホがっ!

 少しばかり神格が上がったんや」


「そうなの? それはおめでとうございます」


 あたしは、パチパチと手を叩いた後、、仰々しく頭を下げた。


「・・・・緋奈のおかげや。

 貴船のんにも言われたろうが、緋奈に触れられると神力が増すんや」


 そいえば、高淤さんに、『あんたに会ったら力が戻った』と言われたような。

 でも、その割には、触るたび、すっごく嫌がられるけど。


「なんでだろ?」


「それは・・・たぶん・・・・緋奈がわしらを好きやからや。

 元々、神なんてもんは、人の思いの産物や。その思いが人一倍強いんやろ、あんさんは・・・・」


 と言い、狐さんは、頬のあたりを何やら赤くする。

 白い狐が顔を赤くすると、萌え~と言いたくなるくらい可愛くて、あたしは、彼をぎゅっと抱きしめたい衝動を必死に堪えた。


「ってことは、お稲荷さんが太ったのは、あたしの愛の賜物なんだぁ~」


 あたしは、語尾にハートマークをつけ、へらへらと笑った。

 なるほど、あたしが特に強い気持ちを抱いてる狐さんは、姿が変わるほど影響があったというわけか。 その仕組みはよくわからないけど、狐さんが喜んでるみたいなので、あたしもなんだか嬉しくなって、なおもニタニタと笑った。


「このどアホっ! 太ったんやない言うてるやろ!」


 と、狐さんのいつものツッコミが出たところで。


「ははは・・・・。

 んじゃ、あたし、そろそろ行かなきゃ」


 と、笑ってごまかしたあたしは、狐さんの両手(両前足?)を取った。彼の力がもっともっと増すように祈りを込めて。


「ああ、チビ狐は持ったんか?」


「うん」


 狐さんにもらったチビ狐は、“ゆらぎ”との戦いの時、壊れたかに思えたんだけど。見た目はぜんぜん変わらず、壊れてもいなかった。

『緋奈の危険を救うことはもう出来んが、チビ狐を持っちょるあんさんがどこにいよるかは分かるで』と、狐さんが言うので、あれからもずっと持ち歩いている。


「もし、なんかあったら稲荷の神域でわしを呼ぶんやで。

 すっ飛んで行くさかいな」


「うん。行ってきます、父さん・・・・」


 そう挨拶して、真っ赤になった顔を見られたくなかったあたしは、すたすたと歩き始めた。後ろから狐父さんの声が追ってくる。


「ああ、ほんまに気をつけていくんやで、吾子・・・・」



* 吾子というのは、我が子という意味です。

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