第8話 ジークベルトの欠けた時間
マグダレーナの小屋で出会ったジークベルトは、謎に包まれていた。
ティアナは、自分が王族だからと威張るつもりはなかったが、自分たちに対するジークベルトのあまりにも砕けた態度が気に入らないし、ちゃらちゃらと勉強そっちのけで遊んでいるのが許せなかった。なんでこんな男が国守の魔女の弟子なの? 嫌悪感たっぷりの視線でにらみ、ろくに話もしなかった。
「ジークベルトは、見かけによらず真面目でいいヤツだよ。話してみれば、ティアもきっと好きになるよ」
大好きな兄のエリクはそう言うし。
「レーナと呼び捨てにしていること? 私は別に気にしていませんよ。ティアナ様もそう呼んで下さってもいいのですよ」
マグダレーナ様もそう微笑んで、ジークベルトを甘やかしてる感じ。
嫌なヤツ、嫌なヤツ!
そう思っていたけど――
数ヵ月経って、文句を言いつつも意外と真面目に魔法の勉強をしている姿や、言葉づかいは悪いけど、ジークベルトがマグダレーナを敬意の目で見つめていることに気づいたティアナはほくそ笑む。
それにからかうと真っ赤になってしどろもどろしたり、怒ると子供のように止められなくなるジークベルトは兄と同い年にはとても見えなくて、とても自分に近い人間のように感じて、徐々に打ち解けていった。
※
マグダレーナ様が亡くなった日。
王宮で埋葬の儀式が行われ、その席にジークベルトがいないことに気づいたティアナは、体が勝手に走りだしていた。
ジークベルト、どこ――?
必死に走り回って――森の湖のほとりに座り込んでいるジークベルトを見つけた。
その湖からは、マグダレーナの小屋が見える。
ティアナはそっとジークベルトの横に座った。
ジークベルトは膝を抱え、そこに顔をうずめていた。いつもの不遜な態度からは想像もつかない、迷子の子供のように小さくなって震えて――
「なんで……レーナが先に逝ってしまうんだ……」
その声は嗚咽にまぎれた悲痛な叫びだった。
マグダレーナは享年百九歳、魔女としてはどうかはわからないけど、人の寿命としてはかなり長い方だと思う。まして、十四歳のジークベルトや十歳のティアナよりも先に逝くのは仕方ないというか当たり前のように感じた。しかし、尊敬するマグダレーナがいなくなって悲しいのはティアナも同じで、ジークベルトがどんなにマグダレーナを慕っていたかをこの二年側で見ていて気づいてしまったティアナは、そっとジークベルトの肩を撫でてあげる。
その瞬間、ジークベルトは堰を切ったように泣きだし、ティアナは泣きやむまで優しく背中を撫で続けた。
マグダレーナが亡くなって一月。国守の魔女の仕事を受け継いだエリクは、国外の情勢も知りたいと言って、遊学の旅に出て行った。
ティアナは魔法についての勉強から離れ、遊学に出た兄の代わりに国政を勉強し始めた。
ジークベルトは、というと――彼は、葬儀の日からずっとマグダレーナの小屋に籠っていたのに、気付いた時にはいつの間にか姿を消していた――
※
いつか、マグダレーナ様がジークベルトをお願いと言っていたことを思い出す。
「ジークベルトは、本当は優しくて、硝子のように繊細な心の持ち主なのです。ちょっとのことでも彼の心には衝撃が大きくて、脆く壊れてしまいそうで……私は心配なのです。だから、どうか、私がいなくなった時は、ティアナ姫がジークベルトを見守って下さいね」
そう言われた時は、マグダレーナ様がいなくなるなんて夢にも思わなくて。
「ジークベルトにはマグダレーナ様が必要ですよ」
そう言って苦笑したけど。
あの時にはもう、マグダレーナ様は自分の余命を悟っていたのかもしれない――
一年後、街で偶然の再会を果たしたジークベルトは、別れた日よりもずっと大人びた少し陰りのある雰囲気を纏っていた。
この一年間、何をしていたのかは教えてくれなかったが、今は鍛冶屋通りのカーンという料理屋に下宿していると言った。魔導師として、王宮で働いたり貴族に使えたりしているのかと尋ねたティアナは、ふっと不敵に光る瞳で馬鹿にしたように笑われた。
「俺に、そんな力があると思うか?」
確かに、ちゃらちゃらとしたジークベルトには“専属魔導師”なんてかっこよすぎて似合わないが、その魔導師としての実力は測りかねていた。だって、国守の魔女のたった二人しかいなかった弟子の一人なのだから、もしかしたら兄と同じ、いや、それ以上の優れた魔導師――という可能性もある。
しかし、にやついた顔で、通り過ぎた綺麗な女性に魅惑的な視線を投げかけるジークベルトは……“魔導師”、にすら見えなかった。
遊学で国外にいるエリクに、ジークベルトが帰ってきたことを伝えると、大喜びで分厚い手紙を送ってきた。それをジークベルトに届けにいったティアナは、以来、兄の手紙を届けたり、遊びにいったりと、ジークベルトの下宿先の居酒屋カーンに出入りするようになる。