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ビュ=レメンの舞踏会 ―はじまりの招待状―  作者: 滝沢美月
第1章 旅は道連れ世は情け
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第7話  国守の魔女



 四つ歳の離れた、大好きな大好きなお兄様。

 お兄様は、生まれた時から人としてはあまりにも強大な魔力を持ったために、数日に一度、国守(くにもり)の魔女のマグダレーナ様の元に通っていた。

 国守の魔女・マグダレーナは、王城の隣の緑豊かに生い茂る深い森の小屋にひっそりと暮らしていた。齢百七歳、イーダ国最後の魔女と言われている。見た目は、歳よりも四十ほど若く見えるが、それでも顔や手にいくつも皺がきざまれ老齢な印象は捨てられない。

 髪は豊かな銀髪がゆらゆらとうねり地面に着きそうなほど長い。瞳は若葉を想わせる翠でそこにはエネルギーがみなぎっている。高い鼻、くっきりとした瞳、若い頃はすごい美人だったと想像できる。とにかくその容姿は、魔女というよりも、威厳あふれる女王といったほうがしっくりし、人を引き付ける魅力があった。

 今では世界に数人となった魔法使いや魔女だが、ほとんどが人に恐れられ人里から離れた人が寄りつかないような場所で孤独に暮らしているが、マグダレーナは例外的に国民に慕われる魔女だった。

 年に二回行われる祭りでは、マグダレーナの占いに多くの行列ができ、隣国から訪れる人もいた。



  ※



 その日、八歳になったばかりのティアナは十二歳のエリクについてマグダレーナの元に行くことになっていた。魔力をほとんど持たないティアナだが、王族として、魔法について学ぶべきと判断されてのことだった。

 王宮で行われる式典や祭りでは何度もマグダレーナを見かけるが、彼女の住処を尋ねるのは初めてのことで、ティアナは少し緊張していた。

 ティアナは森の一本道を並んで歩く兄に近寄り、そっと手を握り締める。エリクはくすっと笑って、目元に優しさをにじませてティアナを見下ろした。


「緊張しているの、ティア? 」

「ええ……、お兄様。未知の世界に足を踏み入れてしまったみたいで、怖いわ」

「マグダレーナ様はとてもお優しい方だよ。それに、森の精霊もティアを歓迎しているよ」


 そう言ってエリクが笑う。


「森の精霊?」


 ティアナは、物語の中でしか見たことのない精霊と言われて、首をかしげる。


「そうさ。目を瞑って、感じてごらん――」


 エリクは立ち止まると目を閉じ、両手を広げて天を仰ぐ。

 ティアナもそれにならって、恐る恐る、目を閉じる。


「木の精霊の声、火の精霊の声、土の精霊の声、風の精霊の声、水の精霊の声……優しく笑いかけて、ティアに挨拶しているよ」


 視界を閉ざすと、そよそよという風の音が耳に、強烈な甘い花の香りが鼻をくすぐる。どこからか“くすくす”と笑う声が一瞬聞こえて、ティアナは驚いて目を見開く。

 その視線の先には満面の笑みのエリクしかいなくて、精霊とか見てもいないものを信じられなかったけど……大好きな兄が信じているものならば、信じてもいいかな、そんなふうに思った。

 再び森の奥に向かって歩き出したティアナはさっきまでの緊張した気持ちはどこへやら、軽やかな気分になっていた。



 ほどなく森の開けた場所に小さな湖とその横に小さな小屋がひっそりと建っていた。鳶色の屋根についた煙突からは、もくもくと気持ちよさげに煙が舞いあがり空へと消えて行く。

 その小屋の前では一人の少年がせっせと薪を割っていた。思いっきり振り上げた鎌をぴたっと止め、エリクとティアナを見るなり大きな声で叫んだ。


「エリク、遅いぞ! お前がなかなか来ないから、俺一人がレーナにこき使われるだろっ!」


 そう憤慨しながら、鎌を近くに放り投げると、エリクのそばに近寄り、彼と手をつないだ小さな少女の存在に気づき、片眉をあげる。


「誰?」


 そう尋ねられたティアナは一瞬エリクに視線を送り、兄の優しい瞳の色を確認すると、丁寧にスカートの横をつまみ上げ、王族最上級の挨拶をする。


「はじめまして。イーザ国第一王女、ティアナと申します」


 そう言って顔を上げたティアナはにこっと愛らしい笑みを浮かべる。

 その動作を呆然と見つめていた少年は、はっと気づく。


「王女……ってことは、エリクの妹か……?」

「そうだよ。今日からしばらく、マグダレーナ様の元で一緒に修行することになった私の可愛い妹だ。いじめないでくれよ、ジークベルト」


 エリクはそう言って、甘やかな雰囲気で微笑み、とんっと、ジークベルトの肩を叩く。


「彼は私と一緒にマグダレーナ様の元で修業しているジークベルト・クンツェ、同い年だ」


 エリクに紹介されたジークベルトが軽く頭を下げ、何か言おうと口を開いた時。

 バタンッ。

 と音を立てて開いた扉に、三人の視線が映る。そこにはマグダレーナが立っていて、つかつかと三人に歩み寄ると、まずはジークベルトを見る。


「薪は切り終わりましたか、ジークベルト?」


 ジークベルトは面倒くさそうに頭をかいて、それでも敬意のこもった声で答える。


「ああ、数日分はあれで充分だろ?」


 そう言われてマグダレーナは目を細めて、散らかった薪割り場を見て微笑み、それから、エリクとティアナに向き直る。


「エリク王子、遅いので心配しましたよ。ティアナ姫、ようこそ、マグダレーナの館へ。今日から貴女様にも、魔法とはどういうものなのか私の知りうるすべての知識をお教え致しましょう」


 そう言ったマグダレーナは、華やかで雄大で、少し陰りのある瞳を和ませた。



 それからのティアナは、数日に一度エリクと一緒に森へでかけ、マグダレーナから魔法とは何かからはじまり、魔力の源である精霊や魔族の話、魔法使いや魔女とはどういったものか、占いや薬の作り方を教わった。それはほんの二年のことだったが、マグダレーナの教えをよく聞き、よく学び、とても充実した日々だった。




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